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MAJESTOXIC   1・2 魔女との邂逅

「ロシュ、ちょっと町に行ってく」
「駄目です」
 アルザの言葉にロシュがすばやく釘を刺すが、主人の冷たい視線に冷や汗を流している。
「悪魔狩りの現状を把握するのも王の大事なつとめだと思わない?」
「物事には優先順位というものがあります。今はこの書類を片付けてしまわないと。政務に大きな遅れが生じますよ!視察ならこれが終わったあとでいくらでも行けるでしょう」
 アルザは頬杖をつき、ちらりと窓の外の黒煙に目をやった。これ見よがしにロシュがカーテンを閉める。外に行きたいんだけどな、先にやることをやってからにしてください、街に出たいな、今は駄目です……視線の攻防がしばらく続いた。
「書類をインクで汚すのはいつでもできる。でもね、あの煙が残っている間に惨劇の跡を見るって重要だと思わないか?新しい情報はこれから政治をする上でも非常に役に立つ!」
「それは普段真面目に政治を行っている者の台詞ですよ!」
 ロシュは頭が痛くなってきた。もう何年も仕えているのだから、彼の考えていることはだいたい理解できる。要するにこの王は書類とにらめっこするのに飽きたから外に出たいのだ。
 ふんふんと鼻歌を歌いながらアルザは手早く着替え始めた。城下で見繕ってきた服を纏い、帽子を目深にかぶる。有無を言わさぬ空気に、ロシュはただただ溜息をついた。もはや止めるのも馬鹿馬鹿しく思えたので、準備を終えたアルザのために執務室のドアを開けた。早く帰ってくるんですよと懇願交じりの声に王は振り向かず、手を振って返事をした。







 久々の城下町だ。雪はアルザの膝あたりまで積もっているが、通路は人や馬車に踏み固められているので足が埋もれることもなく歩きやすかった。城の中は暖かかったから、寒さがじわじわと体の熱を奪っていった。子供たちが元気に走り回っている。甘いにおいが風に乗って流れてきた。どこかの家庭でパイでも焼いているのだろう。アルザは賑やかな中央広場を横切り、東区のほうへと足を進めた。
 町外れになればなるほど人影は少なくなっていった。町の広場から東西南北にまっすぐ伸びた大通り。広い道の両側には店や家が立ち並んでいる。頭上に靴屋の古びた看板が下がっている。――何かが焼け焦げたような異臭。顔をしかめ、アルザはマフラーを口元まで引っ張り上げた。

 人が焼かれたにおいだ。

 広場跡地――ミケーレ戦争以前までは広場として使われていたそこは、噴水も壁もぼろぼろで、修復されないままのレンガが朽ちていた。異臭が濃くなる。広場中央のレンガには黒く焦げた跡があった。燃え残った木片も散らばっている。点々とどす黒い染みを作っている、血。
 悪魔狩りの信者による“処刑”が行われたのだ。
 アルザはふっと息を吐くと、足元の燃えかすを蹴飛ばした。魔法使いを、悪魔を、魔族を恐れる気持ちは分かる。フェリシティとう名の魔女によって、これまでの平穏を打ち砕かれたのだから。だけど。魔族であると疑いをかけられた者を片っ端から火あぶりにしていくこの悪魔狩りを、アルザは心底嫌っていた。

 まあこれで視察は済んだ。状況・いつも通り胸糞悪い。ポケットに手を入れ、大きく息をついた。せっかく出てきたんだから、町をブラブラしよう。アルザはくるりと向きを変え、来た道を戻っていった。



 南区の大通り。ここにはいくつもの大きな店があった。焼きたてのパンを買いに走る女性、木箱を沢山積んだ荷馬車、鍛冶屋が鉄を打つ音。同じ大通りでも東区とはまったく違う、明るく軽快な雰囲気がある。アルザは服屋をしばらく物色した後、小さな菓子屋に入っていった。
「ねえ、このユキイチゴのタルト、3ホール欲しいんだけど」
「そりゃまた沢山ね、1ホール800ラノ!3つで2400ラノだけど、2100でいいよ。あんた、何度かここで買っていったろ?常連さんにはサービスさ」
「・・・ああ、ありがとう。ここのケーキは美味しいから。また来るよ」
 城では手に入らない菓子を手に入れた上に太っ腹なおばさんにおまけをしてもらい、アルザは機嫌をよくした。広場跡地での苛立ちはもうすっかり消え去っていた。

 もう少しぶらついていたかったが、それには荷物が少し重かった。帰りは裏路地を通って近道をすることにした。細い、うねるような道を進んでゆく。活気溢れる南区にいるのに、人影が見えないせいか自分の足音だけがやたら大きく聞こえた。大通りとは温度が違うようにすら感じる。

 ふと、声が聞こえた気がした。子供の泣き声。壁に隔てられた向こう側、どこかで泣いている。アルザは大して気に留めずにいたが、道が二つに分かれている所まで来るとその声がはっきり聞こえ、足を止めた。幼い少女がスカートの裾をぎゅっと握り締め、上のほうを見つめてはぽろぽろと涙をこぼしている。その子の視線の先に目をやると、黄色い小さな風船が民家の風見鶏に引っかかっていた。
 子供の後ろには、真っ黒なローブを着た少女が立っていた。外見からしてアルザと同じぐらいの年齢だろう。深い闇夜に浮かぶ木々の色。肩までかかった少女の髪を見て、アルザはふとそんなことを思った。子供は相変わらず泣き続けている。少女は屋根のほうに手をかざし、ゆっくりと引いた。風船がその手に導かれるようにふわふわと降りてきた。少女は子供に風船を渡してやった。声は聞こえなかったが、今度は離さないようにね、と口を動かすのが見えた。
 子供は舌足らずな言葉でお礼を言うとアルザのいる方へ走り出した。子供の背中を見つめていた少女がアルザに気づく。はっとしたような、苦虫を噛み潰したような表情。アルザはゆっくりと少女に近づいていった。距離を置いて立ち止まる。
「……きみ、魔女だろ?」
「……それが何か?」
 悪魔狩りは日常茶飯事という世の中だし、やはり警戒されているようだ。アルザにはそんな気はさらさら無かったが。
「別に。聞いただけ」
「……フン」
 少女はアルザをじっと睨むように見つめると、踵を返して立ち去っていった。アルザも一呼吸置いてから帰ろうと足を踏み出したとき、雪の上に古風なネックレスが落ちているのを見つけた。華奢な装飾の施されたアンティークだった。あの少女のものだろうか。それとも子供の……いや、それはないか。どうしようか少し悩んだが、とりあえずポケットに入れて持って帰る事にした。このままここに置いていても雪に埋もれてしまうだろうから。



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2006.9.17 執筆

アルザと魔女の女の子との出会い。
「深い闇夜に浮かぶ木々の色」は深緑に黒を足した感じ。
私はどうもロシュがアルザに小言を言うのが好きらしい(笑)
お金の単位は世界の通貨単位を見ていてなんとなく浮かんできた「ラノ」に。ケーキが1ホール800ラノ……う〜ん、高いのか安いのか。個人的には1ホール2000円ぐらいのノリ。でも日本円の単位で物価を決めるのが嫌だったから、日本円2000円のところを800ラノ。 ということは〜800・900ラノあたりで庶民の服が一着買えるぐらい?それぞれモノによるけど。考え出すとキリがない!
アルザは甘いものも結構好き。ユキイチゴのケーキ、とか何だか可愛らしいものを買ってますね(爆)ユキイチゴは普通のイチゴみたいなの。スピネ・エンデは雪国なので寒さに強いユキイチゴがメジャー。

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