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MAJESTOXIC   1・3 悪魔召喚

 スピネ・エンデ城内、高層部にある国王の私室。向かい合って椅子に座り、お茶をする国王と執事の姿があった。アルザはすでにいつもの服装に着替えていた。テーブルの上には町で買ってきたユキイチゴのタルト。高級そうな陶器の皿に取り分けられている。満足げにタルトを口に運ぶアルザを見て、ロシュは何度目かのため息をついた。

 その時、扉が勢いよく開いた。ほとんど白に近い金髪の、細身の男が息を切らしていた。袖口の広いローブを着て書類の束を握り締めている。スピネ・エンデの財務大臣・バッチェス=ノルベルトだ。バッチェスは薄い茶色の目で二人を睨みつけると、つかつかとテーブルの横へ歩いてきた。
「アルザ王!こんなところにいたんですかっ!!今日の書類、もちろん全て目を通されたんでしょうね!?」
「通してないからお前が怒ってるんだろ?」
「……この菓子は?……この袋、城下のものですね?アルザ王、また抜け出したんですか!また!いい加減にしたらどうです!」
「ああ、美味いぞ。バッチェスもいるか?」
 アルザは平然として、フォークに刺したタルトをバッチェスの口に押しつけた。果敢にもそれを無視し、バッチェスは手にした書類を叩きつけるようにしてテーブルの上に載せる。そして自らガラガラと椅子を引いてきてそこに居座った。アルザが再度、ぐりぐりと音がしそうなくらいタルトを押し付ける。仕方なくバッチェスがそれを口に入れた。
「甘いものはあまり好きではありませんね」
「そう?変わってるな」
「ティーカップがもうひとついりますね。バッチェスさん、お砂糖とミルクは?」
「いや、いい」
 ロシュは食器棚のある部屋へと歩いていった。バッチェスはアルザににこりと微笑むと書類を指で軽く叩いた。アルザに羽ペンとインクを差し出し、これだけ終わらせるまで帰りませんから、と抑えた声で言う。アルザはあからさまに嫌そうな顔をして皿を脇に寄せ、しぶしぶそれを受け取った。

 数時間後、アルザは気を散らしつつも全ての書類にサインをし終えた。バッチェスは満足そうに頷くと自室へ帰っていった。彼は数日まともに寝ていないので仮眠を取るらしい。もう日は暮れ、ランプには暖かな光が灯っている。アルザは椅子の上で大きく伸びをした。
「アルザ君、いるかい?」
 ノックをしてドアを開けたのはスティフ・エヴァンジェリン。34歳にして魔法魔術の最高権威者であり、アルザの家庭教師・王立図書館司書、そして庭師だ。肩にかかる程度の鮮やかな金髪には柔らかなウェーブがかかっている。裾の長いローブを着て、小脇に何冊か本を抱えている。
「君との約束だったからね、今夜あたりやってみない?僕の仕事も一段落ついたことだし」
「今夜?うん、いいよ。どこでやるの?」
「う〜ん……中庭なら広くて人気もあまりなさそうだし、妥当かな。そこに行こうか」
 スティフはロシュから小さなランプを受け取ると手招きした。アルザはマントを羽織るとスティフの後に続いて廊下に出る。お気をつけて、とロシュが後ろから声をかけた。





 「サリエル、明かりを」
 スティフがそう言うと、背中にコウモリのような翼の生えた悪魔がどこからともなく現れた。その体や服から弱い光を発しているかのように暗闇に浮かび上がる。サリエルがさっと腕を上げると、月光に照らされたように辺りが明るくなった。中庭に積もった雪が柔らかな光を反射する。スティフは赤紫のインクで手際よく雪の上に魔方陣を描いていった。サリエルはその様子を腕組みして見ていた。アルザはちらりとサリエルを見た。
「ねえ、きみはもう帰ってもいいんじゃないの?」
「そうですね。今回私の役目はここまでのようですから……けれどこれから悪魔を呼び出すのでしょう?私も拝見したいんですの」
「サリエルだって悪魔だろ?珍しくもないんじゃないか?」
「ええ……でも召喚されるのが知り合いでしたら、ね。積もる話もあるというものですわ」
 知り合い……か。アルザが悪魔にもそんなものがあるのかと思っていると、魔方陣が出来上がったようだ。スティフに呼ばれ、アルザは魔方陣の中心に立った。
「今までした召喚では一時的に力を借りるだけだったよね。今回は、契約。悪魔が常に傍にいて、ずっと君を守ってくれるようにするんだよ。相性も大切だからね、今まで召喚した中で気に入った悪魔はいたかい?」
 アルザは口に手を当てて考え込んだ。今まで顔を合わせてきた悪魔の中で……。後ろの方ではサリエルが翼を広げたり閉じたりしている。
「シュトリとフルフルはありえない。あんなのが四六時中一緒だって考えるだけで虫唾が走る。グラシャラボラスもちょっとな。狂人にも程がある。そうだな……この中では、ベリアルかな」

 アルザはこれまで、スティフの指導の下で幾度か悪魔を呼び出したことがあった。呼び出した後は異質な力に体を慣らしていくため、悪魔の魔力を借りて訓練をした。一口に悪魔と言ってもその性格はバラバラだった。やたらと迫ってくるシュトリにフルフル、殺気を飛ばすだけ飛ばしてきて会話すらできなかったグラシャラボラス。全くやる気のないフォカロル、ウィネ。それに比べればベリアルはまだましな方だった。何かと突っかかってはくるが真面目に力を発揮してくれる。
「ベリアルか。気性は荒いほうだけど……うん、アルザ君なら大丈夫だね。呼び出し方はいつもと同じ。『契約しよう』って頼んでみて。万が一、代償を取られそうになったら僕が助けるから好きにやってごらん」
 スティフはにこりと微笑み、アルザの背をぽんと叩くと魔方陣の外に出た。アルザは大きく息を吸い込み、目を閉じた。体の中を廻る魔力を一点に集中し、召喚の鍵となる呪文を唱える。

 足元の魔方陣が鉛色の鈍い光を発した。そこには地面があるはずなのに、足元が沈んでいくような感覚。ぐらつきそうになる体を支え、アルザはゆっくりと目を開いた。魔方陣から光が消え、目の前には黒い靄のようなものが渦巻いている。それが段々と人の形をつくり、中から長い黒髪の悪魔が現れた。
「やあ、ベリアル」
「……王様よお、俺は今気持ちよ〜く寝てたんだがな。それを起こすたぁ」
「契約しない?」
「どうなるか分かって……何だって?」
「だから、契約。しない?僕とね」
 ベリアルはふっと馬鹿にしたように笑うとそっぽを向いた。アルザはベリアルの前に一歩踏み出した。目を細め、下から相手を見据える。スティフとサリエルがそれをじっと見守っている。
「どうせ暇なんでしょ?ならいいじゃないか、ちょっと力を貸して」
「はあ?何で俺がテメエみてえな青二才と契約しなきゃならねェんだよ。他の奴をあたりな!」
 アルザが左手を差し出す。契約しよう、と今度は少し語気を強めて言う。ベリアルはぎろりとアルザを睨みつけると、体に纏ったどす黒い魔力を膨れ上がらせる。攻撃態勢に入ったようだ。私は助けに入らなくていいのですね、とサリエルが問うとスティフは笑顔で頷いた。アルザの魔力はスティフのお墨付きだ。小柄な体に底知れぬ力を秘めている。
 ベリアルが魔力を鋭い針の形に凝縮し攻撃を仕掛けようとしたとき、不意に体のバランスを崩した。膝をつき苦しそうに息をしている。アルザはにやりと笑った。



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2006.9.18 執筆

あのタルトは自分用+おみやげでした。ロシュはアルザが小さいときから一緒にいたので、国王であっても怖気づいたりはしません。財務大臣のバッチェスはいつも忙しい。常に寝不足。アルザ王がサボってばかりなので家臣は大変。 そしてスティフ先生との悪魔召喚の授業。これはあんまり人に見られちゃ駄目なんです。何故なら時代が時代だから。悪魔狩りとか流行っちゃってるご時世に、国王が悪魔呼んでるぜーみたいな話が広がったら国民の不信感を買うから。でも王と親しい人はほとんど知ってますが。サリエルはスティフと契約していて、面倒見がよさげなお姉さま風。
アルザは魔力がけっこうあります。スティフほどではないけど。それから小柄で細身な割に剣の腕もたつので、国内には彼に勝てる人はあんまりいません。

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