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MAJESTOXIC   1・4 契約・試用

「てめェ……何しやがった……?」
「何も?ちょっときみの魔力を奪ってみただけさ」
 ベリアルは地に崩れ落ちそうになる体を両腕で支えている。アルザは口元に笑いを浮かべ、一歩足を踏み出す。相手に威圧感を与えるように、ゆっくりと。一度は下げた左腕を差し出し穏やかな口調で言った。
「契約しよう」
 ベリアルは視線だけで相手を殺せそうなほど睨みつけている。立ち上がろうとするが体に力が入らず、くらくらと眩暈がする。ベリアルは唇を噛んで下を見つめた。
「……わかった……」
 ベリアルは仕方なく了承した。しかしアルザは何も言わない。ふと見ると、腕を差し出したままじっとしている。ベリアルは力なく笑うとアルザの手を取った。体が軽くなる。アルザが術を解いたのだろう。
「へいへい、誓いますよ、ご主人様」
「初めからそうしてくれると嬉しいんだけど」
「減らず口が耐えねェ野郎だな……」

 ベリアルはアルザの手の甲を自分の額に近づけた。ベリアルの額に黒い紋様が浮かび上がる。一瞬光が輝くと、アルザの手にも同じ紋様が現れた。痛みはなかったが小さな炎で皮膚をチリチリと焼かれたような感触にアルザは顔をしかめた。スティフが二人に拍手をおくった。サリエルも感心している。見られていた事を今さら思い出したベリアルはぱっとアルザの手を離した。
「よくできました、上出来だよ。ベリアルもこれからよろしくね」
「……。もう済んだんだからいいだろ。俺は帰るぞ」
 そう言うなりベリアルは空間に溶けるようにして姿を消した。あ、とスティフが残念そうな声を出す。アルザは手の甲を見つめている。紋様はもう消えた。
「あ〜あ、帰っちゃったね。これからまた呼ばれるのになあ」
「え、呼ぶの?」
「せっかく手に入れた力、使ってみたくない?」
 スティフはにっこりと微笑む。アルザも是非使ってみたいね、と悪戯っぽい笑顔で言った。
 まずは「的」探し。スティフも自分が犠牲になる気は毛頭ない。二人は兵士の鍛錬の場である訓練場へ向かった。サリエルは“ベリアル、ベリアル、ベリアル……”と先ほどの悪魔の名前をブツブツ反芻している。長い年月を生きた彼女ではあるが、どうやらあの悪魔は記憶にないらしい。
「それにしてもよく気づいたね。見事だったよ」
「魔方陣の再利用?」
「うん、そうそう。彼……そもそも僕の描いた陣の上にいる時点でアウトなんだけどねえ。全然気づいてないみたいだったし」
「おかげでかなり楽だった。あいつ頭悪いから」
「まあ知能派でないことは確かだね」
 師弟の間で、当の本人が聞いたら怒り狂うであろう言葉が交わされた。悪魔界に帰ったベリアルがそれを知る由はないが。 



 訓練場では松明が赤々と燃え、兵士たちが思い思いに体を休めていた。今日もまた一日が終わろうとしている。
「いたいた、まだ残ってる。でも先生、普通の人間に向けて使って大丈夫なの?特にセレなんて魔力のカケラもないし――」
「大丈夫!もしかしたら気を失っちゃったりするかもしれないけど、死にはしないよ。力を制御してやってごらん」
 後ろのほうで物騒な会話が繰り広げられているのも知らず、軍隊長のセレ=エヴァンジェリンは黙々と大剣の手入れをしている。長い金髪を束ねていて、右腕には黒い義手をつけている。体のあちこちに傷がある。スティフの双子の弟だ。ただ、双子と言っても纏う雰囲気は正反対であるが。朗らかなスティフ、無愛想なセレ。セレの方は日頃よく兄に突っかかっていた。
 アルザは左手をセレに向けて突き出す。呼吸を止めて魔力を少しだけ開放する。ベリアルがアルザに重なるように姿を現した。相変わらず仏頂面をしている。アルザの魔力に自分の力を上乗せし、セレに近づける。ガラン、と大きな音を立ててセレが剣を落とした。
「…………」
「…………」
「……セレ、動かないね」
「ありゃあ動けねェんだよ」
 剣の手入れをしていた体勢のままセレはぴくりとも動かない。動けないかあ、とスティフが朗らかに言った。その声が聞こえたのか否か、セレの首がギ、ギ、ギ、とゆっくりこちらを向いた。額に冷や汗をかいている。
「……何を、しているんですか?アルザ王に……スティフ」
 セレはスティフだけを睨みつけながら静かに言う。アルザが腕を下ろすと自由になったセレがスティフに掴みかかろうとしたが、サリエルが二人の間に割り込んだ。ガサツだが女子供には甘いところのあるセレは憎たらしそうにしながらも顔を背ける。アルザが楽しそうに事の次第を伝えた。ちょっと試してみたくて、と笑顔で言ってのける。それを聞いてセレは頭を抱えたい衝動に駆られた。まったく、この師弟は。二人とも国家の最高位にありながら子供のような事をする。実際、アルザはまだ17歳ではあるが。セレは兵士の剣を拾うとスティフにその切っ先を向ける。
「……付き合え」
「また勝負かい?懲りないね、きみも。でも今日はもう遅いし……」
「……」
 セレは無言でもう一本の剣を差し出す。スティフはふふっと笑うとそれを受け取った。一回だけだよー、と場違いなほど明るい声で言う。二人は訓練場の中央へと移動した。離れた場所ではアルザとサリエル、ベリアルが壁に背を預けている。サリエルがじっとベリアルの横顔を見つめていたが、小さく首をかしげるとスティフ達のほうへ視線を戻した。

「おいおい、あいつ大丈夫なのか?メッタメタにやられんじゃねーの?」
「それはどっちを心配してるわけ、セレ?先生?」
「そのセンセーのほうだよ。大体筋肉の質が違うぞ。あっちの、セレとか言ったか?どう見たってあいつの太刀を受け止めきれそうにない」
「別に受け止めなくてもいいじゃないか」
「は?今から戦うんだろ?」
「ま、ね。でも先生は逃げ足は速いから大丈夫!」
「……大丈夫なのかそれ」
 いつの間にか、訓練場に残っていた兵士たちほとんどが野次馬と化していた。軍の副隊長であるジュープ=ミリセントも混じっていた。褐色の肌をした女武人だ。合図は私がやりますね!と元気よく名乗り出た。
「ではっ……始め!」
 彼女の声と共に、セレが踏み出し剣を横に()いだ。それをひょいとかわすとスティフは間合いを取る。
 サリエルが口に手を当て、クスクスと笑い声を漏らした。
「なに?」
「いえ、ベリアルがあまりにも悪魔らしくないものでつい」
「あ?俺がどうかしたかよ」
「あなた、悪魔の本質ってものが抜け落ちてるようですわね。主人でもない人間の心配するなんて……無利益ですのに。悪魔は普通自分とその契約人の命、それから自分自身の楽しみだけを考えているものよ」
「心優しい悪魔なんだよ、俺は」
「そんな悪魔いませんわよ。何かが違う……その魔力もね。どこか嫌な感じがするんですの。ベリアル、あなた・・・純粋な悪魔ではないのでは?」
 ベリアルはぼりぼりと頭を掻き、ばつが悪そうに下を向いた。セレとスティフはまだ戦っている。スティフは避けてばかりだが。戦え、とセレの苛立った声が聞こえる。
「あー、まあ、そんなとこだ……」
「悪魔に純粋も純粋じゃないもあるの?」
「ええ。私のように魔界で生まれた者は純粋な悪魔なんですの。そして以後、悪魔以外の何者にもなることはありません。しかし魔界以外で生まれ、悪魔に変わることの出来る者がいるのです。それが……」
「堕天使、だ」
 サリエルの声を遮ってベリアルが静かに言う。悪魔に格下げされたのか?とアルザのぞんざいな言い様にこのガキ、と悪態をついた。サリエルがちらりと見やる。ベリアルは腕を組み、いまだに剣を交えない双子をまっすぐ見つめた。わずかに自嘲ぎみな表情になる。
「……人を……殺めた。天使のくせにな」
「あらあら」
「ふうん」
「…………。おいおい、それだけかよ。驚くなり蔑むなり何かねェのかよお前ら」
 アルザとサリエルは顔を見合わせる。別にないよねと言い合う二人にベリアルがため息をついた。少しでも気に病んでいる自分が阿呆らしくなってくる。この微妙な人の良さが、自分が天使であった証か……。



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2006.9.23 執筆

悪魔ベリアルと契約。彼は元天使。神に仕え人間の営みを見守る立場でありながら、私的感情で人を殺してしまったので堕天に。そして悪魔へと。アルザが「格下げされたのか?」と言ってますが悪魔は格が低いってわけではないです。天使も悪魔も階級があって、それぞれの頂点に立つのが神と魔王。
軍隊長と副隊長が出てきました。セレは目上の者に対しては礼儀は正しい方なんだけど割と短気。そしてズボラ。ジュープは誰に対しても優しい、よくできた子。根っからのいい子。
サリエルとベリアルが紛らわしい。サリアルとかベリエルとか何度打ったことか・・・!
文中にも間違いがありそうだわー(´・ω・`; )ハラハラ……

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