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MAJESTOXIC   1・5 不穏な出来事

 スティフは逃げるばかりで一向に剣を振るおうとしない。苛立ったセレが一気に間合いを詰めようと大きく踏み出した。ビュッと風を切り剣を振り下ろす。それまでスティフが立っていた地面に鋭い亀裂が走る。見物人の兵士たちは自分がスティフの立場でなくてよかった、と心の底から感謝した。ここで初めてスティフが剣を構えた。セレが再び斬りかかろうとし――その表情が険しくなった。
――動けない。
 スティフがにこりと微笑む。セレの周りの地面に何かの蔦のような模様がじわりと現れた。スティフお得意の魔法陣だ。剣を横に振るおうと構えた体勢のまま、セレはどうにか体を動かそうとした。
「無駄だよ。軽めの陣じゃあセレ、気力で解いちゃうからねえ……今回のは強力なやつ。その分時間はかかったけどね。どう、動けないでしょ?」
「……お前はいつも卑怯だ、剣で戦え……」
「何言ってるの、魔術だって立派な武器なんだよ?きみと直に剣を交えるほど僕は命知らずじゃないから」
 スティフは手にした剣をセレの喉元に突きつけた。降参するようにと和やかに言う。セレは悔しそうに唇を引き結んだが、ふうと息を吐くと渋々負けを認めた。スティフが陣を解き、セレが自由になった。だから魔術とやらは嫌いなんだ……と一人ごちる。

「わあ、スティフさんまた勝っちゃいましたね!」
「ジュ、ジュープ!隊長の目の前で言うな!」
「……別に、いい」
 悪気もなく感嘆の声を漏らすジュープを中隊長のトビト=ハウエルが慌てて止めようとした。赤茶の髪をして額に厚布を巻いている。スポーツマンシップ溢れる、爽やかな好青年だ。ジュープとは幼馴染なので階級を気にせずに話すことが出来る。去っていくセレの背中を見ながら、あれは絶対悔しいんだよ、でもいつものことじゃない、と言い合っている。
 スティフがアルザたちのもとへ帰ると、すでに悪魔二人の姿はなかった。サリエルがベリアルを引っ張って魔界に帰ったのだ。
「先生、動きながら陣を描いてたの?」
「そうだよ。でもセレもそれは分かってるからね、僕をずっと一箇所に留めさせないようにはしてたみたい。だからちょっとずつ、ちょっとずつ線を描いて最後にそれを結合させたんだ」
 そんな事も出来るのかと感心していると、アルザを呼ぶ声があった。ジュープとトビトだ。先ほどまで戦いのあった場所から大きく手を振っている。アルザ様も手合わせどうですかー、と見事に声をハモらせる。他人が戦うのを見ていると自分も体を動かしたくなってくる。野次馬が沢山いてやりづらいが、たまにはいいだろう。アルザはスティフから剣を受け取り二人のもとに行った。

 まずジュープが愛用の槍でアルザと戦う。次々と繰り出される鋭い攻撃を剣で受け止め、アルザは一瞬の隙をついてジュープの手から槍を叩き落した。次にトビトが剣を振るう。アルザはこれも素早く背後を取り、トビトの首すれすれで剣を止めた。アルザは強い。力はさほど無いが、それを俊敏さと技術で十分補えていた。おそらく軍の中にはセレ以外彼に勝てる者はいないだろう。
「さすがアルザ様、相変わらずお強いですね!」
「俺もまだまだ精進しないとなあ……参りました」
「はは、もっと強くなったらもう一回勝負だな」
 もう夜も遅い。遠くで梟が鳴いている。アルザたちも兵士も、しばしの興奮が冷めやらぬままそれぞれの部屋へと戻っていった。






 冬のシュバルツァガル国にはもの悲しい雰囲気がある。荒野に冷たい風が吹きすさぶ。土壁の家々が寄り添うように建ち並び、その中央にある小山のような断崖の上に王の住む城がある。シュバルツァガル国王からの招待でアルザは城の客間にいた。ロシュとセレも一緒だ。今日はこの国の感謝祭だ。町は出店で溢れ帰り、大道芸人たちが芸を見せては喝采を受けている。旗や店先の派手な飾り、着飾った人々で土色の町にしばし鮮やかな彩りが添えられる。アルザは窓辺に腰を下ろし、賑やかな町を見下ろしている。いいなあ……とつぶやいた声にロシュが苦笑いした。

 ガチャリとドアの開く音がした。アルザは顔だけそちらに向ける。セレとロシュは軽く頭を下げた。
「すまん、遅くなった……祭りのときは何かとごたごたするからな。とりあえずその辺に掛けてくれ」
 入ってきたのは国王のダリュ=ベルトラムだった。黒髪に黒い目、赤い上着を着て頭には飾り布を巻いている。アルザより少し年上の22歳で、正義感が強くいつも国の事を想う善き王だ。凶悪なほどの目つきと口の悪さゆえに怖がられることも少なくないが。その後ろには濃い青緑色の長い髪と水色の瞳をした美しい女武人が付き添っていた。ダリュ王の護衛を勤めるグレイ=ノエルだ。剣の腕前とその凛々しさから、シュバルツァガル国兵士の憧れの存在であった。
「アルザ王も、ロシュ殿も……セレも、ご機嫌麗しゅう」
「……ああ」
「グレイも相変わらず。で、今日は何の用?」
 アルザが窓のところに座ったまま尋ねると、ダリュも移動してきて向かい合うように座った。腕を組み、目の前の人物を見据える。本人はただ見ているだけのつもりだが、はたから見れば睨みつけているように見える。アルザが相変わらず目つき最悪だよねと言うとうるせぇ、と返した。どことなく覇気が無い。
「疲れてんの?」
「まあちょっとな。今あちこちに蔓延してる悪魔狩り……お前はどう思う?」
 アルザは膝を抱えるように座りなおした。やはり各国ともに悪魔狩り騒動の鎮圧に追われているらしい。
「ダリュは?僕は……うっとおしいかな。後から後から信者が出てくるんだから。できる事なら潰しときたいな」
「俺だってあんな馬鹿げたことには反対だ。でもあまりに規模がでか過ぎて打つ手が無ぇ」
「じゃあどうするのさ」
「どうすんだよ……」
 ロシュとセレ、グレイの三人は紅茶を手に世間話を始めた。セレは専ら聞くだけだったが。
「盛大なお祭りですね」
「ええ。人出もかなり……私はあまり好きじゃないのですけどね、何にせよ皆が楽める行事は大事にしないと」
「そういえば、ダリュ様はお疲れなんですか?顔色もあまり良くないですよ」
 グレイはアルザと話しこんでいるダリュを冷ややかな目で見た。
「欠乏症ですよ」
「欠乏症?何のです」
「ハルヴィエ様欠乏症」
 ロシュは苦笑いした。シュバルツァガルの若き王はアルザの姉、ハルヴィエ=ライオネルに惚れこんでいた。会うたびにプロポーズし、その度に殴られる蹴られるなど散々に冷たくあしらわれていたが。ハルヴィエは活発で美しい王女で、今は城を飛び出して放浪の旅をしている。かなりの馬鹿力で城内には彼女に破壊された壁が無残な姿で残っていた。世界各地を放浪しながら、ハルヴィエは気が向いたときには弟に手紙を書いていた。手紙が来るたびにダリュはわざわざスピネ・エンデ城まで出向いてはアルザに彼女の動向を尋ねていた。その手紙がここ数ヶ月届いていない。どこかの山奥に行っているのか手紙を書くことを忘れているだけなのか、ともかくダリュにとっては彼女が心配でならなかった。
「仕事がないときはいつもうわの空なんですよ、気持ち悪いったらありゃしないですよまったく」
 グレイがわざとダリュを蔑んだ目で見ながら聞こえるように言った。
「何の話してんだァそこ!」
 護衛として絶対の忠誠を誓ってはいるが、グレイはたびたび主人に向かって毒を吐いた。本人いわく「最も手軽で最高のストレス発散」らしい。

 そうこうしている内に、城の外が騒がしくなってきた。何やら不穏な雰囲気にダリュとグレイが席を外した。アルザは窓から城下を見下ろした。兵士が通りを走っている。



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2006.9.29 執筆

スティフ、アルザの戦いとダリュ・グレイの登場。スティフもアルザも師弟揃って強い。
ダリュはハルヴィエにベタ惚れ。でも断られてばかりです。石ごと割られた婚約指輪も数知れず。なんだかイジられっこだなダリュ!グレイはダリュより年上の27歳。身長は一緒の178cm。大きいですね。ついでに言うとロシュも178cm。アルザは164、スティフ181、セレに至っては185あるのでこの場面のメンツだとアルザがほんとに小さく見えそう。

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