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MAJESTOXIC   1・6 地下牢にて

 しばらくしてダリュとグレイが客間に戻ってきた。騒動が一段落ついたのだろう。アルザは二人を気にするでもなくまだ窓の外を眺めている。
「……兵が魔女を捕らえた。城下で人を殺したそうだ」
 アルザは横目でダリュを見た。
「殺した?」
「ああ。鏡屋の娘を火あぶりにしようとしていた男をな」
 ダリュの話によると、娘が十字架に縛り付けられていた時、黒いローブを着た少女がふらりと現れたという。集まった悪魔狩り信者たちの一人が今にも十字架に火をかけようとした時、その少女が男の背を押した。その時に彼女の手のひらが黒い閃光を発した。男は倒れ、仲間が駆け寄るとすでに息絶えていたらしい。悪魔狩りの騒ぎを聞きつけてやって来た兵が彼女を城内の牢へと連行したが、その魔女は全く抵抗しなかったそうだ。
「この国で一番偉い人を呼んで、だと。とりあえず俺が行こうとしたんだが……」
 ダリュの背後でグレイが冷たい声を出した。
「ダメに決まってるじゃないですか、彼女が何者であろうと、もし何らかの企みがあれば危険ですからね。世継ぎも決まってないのに」
「その心配かよ」
 ダリュにはジルという、20になる弟がいた。万が一ダリュが王の座を離れる事があれば、本来なら彼がそれを引き継ぐべきであった。しかしジルは根っからの遊び人で城に戻ってくる事すら稀だった。身分を隠し、夜通し街を渡り歩いていた。議会もグレイも彼を王座につかせる気は毛頭ない。本人もそんな気は更々ないだろうが。
 殺されそうになった娘、それを助けようとしてか否か、男を殺した魔女。その魔女は今、この城の牢に入っている。アルザは複雑だった。常時において人殺しは確かに罪だ。それが時と場合によってはその者の正義になる。
「ダリュ、その魔女をどうするつもり?」
「どうするも……。とりあえず会ってみねぇとわからねえな」
「なら僕が会いにいくよ」
 驚いたロシュが止めに入るが、アルザは一向にやめる気配を見せない。一人で行くからついてこないでねと釘を刺すとさっさと部屋を出てしまう。一同は顔を見合わせた。
「どうすんだアイツ」
「ああもう、何かあれば……」
「……アルザ様なら大丈夫だと思うが……」
 セレがぼそりと呟いた。他の三人からの視線が痛い。
「……いや、その……力があるからな……」
 まさか「悪魔が憑いてるから大丈夫だ」とは言えず、セレは適当にごまかした。その力は身をもって知っている。


 番兵に通された牢は地下に造られていて薄暗かった。どこの城でも牢とはそういうものだが。松明の灯りがどす黒い煉瓦の壁をちらちらと照らす。コツコツと靴音が響く。独房の横を通り過ぎるたびに囚人たちの視線を感じた。
「ここです」
「ありがとう、僕は大丈夫だからきみはもう持ち場に戻って」
 兵士は躊躇いを見せたが、静かに頭を下げると来た道を戻っていった。一際頑丈な造りの暗い独房。よく見えないがその奥で黒い影が蠢いた。わずかに衣擦れの音がした。影はすっと起き上がると鉄格子ごしにアルザの前に立った。黒いローブを着た女だ。フードを目深に被っているので顔は見えない。わずかに見える口元から察するに歳も若いようだ。
「城下で男を殺した魔女ってのはきみ?」
「……あなた、もしかして」
 アルザの声にハッと気がついた様子で魔女が頭から荒っぽくフードをとった。深い緑色をした髪がばさりと現れる。アルザも彼女を思い出した。スピネ・エンデで子供の風船をとってやっていた少女。あの時の愛想のない少女だ。
「何でまたこの国に?」
 魔女は訝しげにアルザを睨んだ。
「別に関係ないじゃない」
「大ありさ。特にきみは今、殺人犯ってことになってるんだから。それともきみと話をするには“隣国の王”では身分不相応?」
 魔女は驚いて目を見開いたが、すぐに疑わしそうな表情に変わった。もう一度アルザの頭のてっぺんから爪先までじろじろと眺める。まあ服はそれなりだけど、と呟いた。
「あなた本当に国王?嘘つくと為にならないわよ」
「あのね、番兵が一般人をわざわざ案内してここまで連れてくると思ってんの?」
「……それもそうね……」
 アルザは通路の反対側にあった椅子を引き寄せると埃を払って座った。手をひらひらさせて魔女の話を促す。魔女は格子から離れ、粗末な木製のベッドに座った。
「……まあ、国王であるかどうかは怪しところがあるけど。信じる事にするわ。私、色んなところを放浪してるの。沢山のものを見たいもの……捕まった後は、もしかしたら城に行けば権力のある人に会えるかもしれないと思って大人しくしてたんだけど」
「その“権力のある人”に会うために人殺しを?」
「あれは偶然。大きな道を通っていたら女の人が火あぶりにされそうだったの。彼女はもちろん魔女でも悪魔でもなかったわ。あんまり腹がたったからつい……ね」
「そう……それで、つい殺しちゃったってわけ?」
「何よ、文句あるの」
 魔女の金色の瞳がアルザをじっと見据える。アルザは足を組んだ。この魔女、そこそこ激しい気性をしているらしい。一人の命を奪った事に悪びれもしていない。情に突き動かされたくせに、非情になりきれる。どこか自分と似たところを感じてアルザは口の端を上げた。
「人殺しの罪は重いよ。殺されたのがただの下衆であってもね。当然きみは裁かれる。僕のとこでは常時の人殺しは死刑、ファビオのとこでもそうだったかな。ここではどうだろう、やっぱり死刑かな」
「何で私が死刑になるの?あの男には当然の報いじゃない、私がやらなきゃあの女の人は死んでたのよ」
「まあそうなんだけど。一応法ってものがあるんだよね、厄介な事に。それに今国民の目は魔女やら悪魔やら……魔族に対してシビアなもんさ。釈放される事はまずありえないな。……ああそうだ、きみは権力者に会って何をするつもりだったんだ?」
 離れたところで囚人の呻き声が響いた。魔女は両手の指を組んだ。少しの間考えると口を開いた。
「……もうすぐ、災厄がくるの」
「災厄?」
「そう。何が、とは言えないわ。何が起こるかは予想できないの。でもとても大きなものが……。きっと混乱を生む。その犠牲だって少数じゃあ済まないはず」
 アルザは魔女の目をまっすぐ見つめた。魔女も見つめ返す。嘘をついている気配は見られなかった。だがいきなり災厄が来ると言われても実感はまったく沸かなかった。しかし、これを無視できるほどアルザは楽天家でも愚かでもない。何が起こるかわからない、か……。魔女の言う災厄がどれほどのものかは知る由もないが、アルザはとりあえず心構えだけは忘れずにいる事にした。
「それを伝えるためにわざわざ捕まったの?」
「そうよ」
「その後は?このままだときみ、絞首台までまっしぐらだと思うんだけど」
「……そこまで考えてなかったわ」
 アルザは自分も先走る事はあるが彼女ほどではないなと思った。魔女は困ったような表情で鉄格子を壊そうと試行錯誤している。手のひらで格子に触れ、男を殺したときと同じ破壊魔法をかける。しかし何度やっても格子はびくともしない。対魔法用の結界が張られているようだ。ひび割れている壁にも試してみたが結局効かず、魔女はため息をついて首を振った。 アルザはすっと剣を抜くと試しに格子を切ろうとしてみた。やはり切れない。刃が少し欠けてしまった。
「ベリアル」
 アルザがその名を呼ぶが早いか、薄暗い闇の中に黒髪を揺らしてベリアルが現れた。バサバサとカラスのような翼をはためかせる。魔女は一国の王が悪魔を呼び出した事に驚いている。辺りを見回すとベリアルはにやりと笑った。
「薄暗い牢、目の前には囚われの女ってか。やる事ァ一つしかねえな」
「ま、ね。でもこの格子、魔力が効かないみたいなんだよ。どうにかできる?」
「ああ。魔力がダメってんなら力技でやるしかねえけどな」
 そこで困惑した魔女が口を挟んだ。
「……あなた、何で私を助けるの。そんなことしたらあなたの首が危ないんじゃない?」
 アルザは何でもないかのように答えた。
「僕がそうしたいからさ。僕の法によるときみは無罪。無罪のきみはここにいなくてもよろしい。僕は大丈夫。何か、文句あるの」
 アルザは先刻の魔女の言葉をまねて言った。魔女は小さく噴きだした。
「それじゃあお願いするわ。それから……私の名前。メアリ=グラーシャ」
「アルザ=ライオネル」
メアリは格子の外に手を差し出す。アルザもその手を取った。



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2006.10.7 執筆

アルザとメアリの再会。メアリは冷静なようで実は意外と考えなし。行き当たりばったりなところが多々。アルザもメアリも一般的な善悪に頓着ない子たち。彼らには彼らなりのルールと感情があって、そのうえ自信と無鉄砲さもあるために自分が善いと思ったとおりにガンガン行動します。
話を書いてると、どうもこじつけに困る部分とかあります。行き詰ったら後々こっそり修正してるかも(笑)

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