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MAJESTOXIC   1・7 手引き

 ベリアルが手で空気をつかむようにすると、その手の中に巨大な斧が現れた。薄暗い牢屋の闇に溶けてしまいそうな真っ黒い斧。分厚い刃の先は鋭く、重厚な迫力がある。メアリにもっと下がるように言うと、両手で斧を構え思い切り振り下ろす。衝撃音が低く鈍く響いた。その一撃は独房の鍵穴を叩き割っていた。ベリアルが手の力を緩めると、斧は再び空気に溶けた。
「もう自由の身だぜ、お嬢さんよ」
「……ありがとう」
「しかしこっからどうすんだァ?どうやったって見張りの目を逃れるのは難しいんじゃねえか」
 アルザはふふんと笑った。
「ここに来るまでに裏口っぽい扉があったんだよね。ここをずっと左に行って突き当たりを右。今は荷物やら何やらで塞がれてるみたいだけど。まさかあんなところまで結界は張られてないだろうし、ここからはメアリ一人で逃げられるんじゃない?」
 手伝わねえのかよ、とでも言いたげにベリアルがアルザを見る。メアリは頷いた。
「ええ。魔法が使えるならなんとかなるわ」
「僕もそろそろ戻ることにしよう。こんな薄暗くて寒いところにこれ以上居たくないし」
 三人は黒ずんだ石の床の上を歩いた。通路が二手に分かれているところまで来ると、アルザは拾ったネックレスの事を思い出した。コートのポケットに入れてある。ごそごそと探ってそれを取り出すとメアリに差し出した。灰色の手袋の上で鈍く輝く、赤い石の埋め込まれた繊細なつくりのネックレス。
「これ、キミのじゃない?あの時拾ったんだけど」
 メアリは驚いてアルザを見た。その反応からして見覚えがあるようだ。
「……失くしたと思ってたの。あなたが持ってたのね」
 メアリはしばらくネックレスを見つめると、アルザの手ごと押し返した。
「あげる……逃がしてもらったお礼よ」
「別に欲しくはないんだけど」
「いいの。貰っといて」
 アルザはネックレスをまたポケットに戻した。ちゃりっと金属音がして少しの重みを感じた。
 それじゃ、と軽く別れの挨拶を告げるとアルザは牢の入り口へ向かって歩き始めた。ベリアルもその後に続いたが、城内の明かりがはっきり見えるところまでくると自分から姿を消した。メアリも目の前の塞がれた扉に集中し、破壊魔法をかける準備をしていた。
 手を止め、後ろを振り返る。そこにはもうアルザの姿はなく、松明の炎がゆらゆらと黒い壁を照らしていた。ネックレスは彼女の母のものだった。直に貰ったわけではないけれど、母がいなくなった後に家で見つけたもの。細かな装飾が気に入ってずっと持っていた。中央に飾られた真紅の宝石、名前は確か――レッドベリル。あの石と同じ色の目をした、すごく綺麗な、だけどすごく変な人。悪魔は召喚するし。やたら横暴なくせに王だなんて。本当かしら?
 メアリはふっと笑うと、魔法を発動させた。



 客間に戻ってくるとダリュ達の目が一斉にアルザのほうを向いた。ロシュは安堵のため息を漏らしながらも叱るような視線を向けてくる。ダリュは腕組みし、アルザが口を開くのを促すようにじっと見てくる。魔女の様子を聞きたいのだろう。その後ろでグレイが壁に掛かけられた花を指でなぞっていた。セレは淡々と紅茶をすすりながら座っていた。
「害は、ないよ」
 それだけ言うとアルザはセレの横に腰を下ろし、銀の皿の上にのせられたケーキをつまんだ。何かの木の実が入っている。まあまあの味だが、これならスピネ・エンデのあの店の方がうまいな。もぐもぐと口を動かしながらアルザはそんなことを思った。
「他には?偉い奴呼んでどうする気だったんだよその魔女は」
「ああ、そうだ。災厄が来るとかなんとか。何が起こるかは分からないがとてつもなく大きな事が起こる、らしいよ。とりあえずそれだけ肝に銘じとけばいいんじゃないか」
 アルザは腕を伸ばすとロシュのソーサーからひょいとカップを取りあげ、中身を飲みほした。ロシュは驚くでもなくアルザの手にあるカップに紅茶を注いでやった。
「……何でそいつはその災厄が来るって知ってるんだよ」
「僕に聞かないでよ。まあとりあえず嘘ついてる感じじゃなかったからね、僕は信じる事にするよ。準備のし様もないけど」

 その後も国の状況について話をし、一段落つく頃には赤々と夕日が沈みかけていた。隣国とはいえ遠い道のりをやってきて日帰りするというわけにもいかないので、スピネ・エンデの三人はそれぞれ空いている寝室をあてがわれた。窓から景色を眺めたり雑談していると夕食の時間になったらしい。使用人がアルザたちを呼びに来た。
 シュバルツァガル城の広間に王と客人の食卓が用意されていた。細長いテーブルに肉料理にパン、果物が並ぶ。この国独自の度数の強いワインも添えられている。ダリュとグレイはすでに座って待っていた。シュバルツァガル国の臣下も何人か同席していて、三人が入ってくると立ち上がってお辞儀をした。アルザたちが席につくやいなや、慌ただしい様子で兵士が駆け込んできた。声を抑えダリュに耳打ちしている。ダリュが驚いて目を見開いた。
「……どこからだ?」
「それが……牢の鍵が破損しておりまして……」
 微かに聞こえた会話にアルザがにやりと笑みを浮かべた。「どうしたんでしょうね」と言おうとしてアルザのほうを振り向いたロシュがぎょっとする。それに気づくとアルザはわざと視線をそらして明後日の方向を向いた。今だ深刻そうな会話を続けるダリュと鼻歌でも歌いだしそうなアルザを交互に見て、ロシュは顔を引きつらせた。
 ダリュが一同を見回した。
「魔女が……逃げたらしい。牢の鍵も、封鎖してあった裏口も破られた」
 シュバルツァガル側の家臣たちにどよめきが走った。そんな馬鹿な、いったいどうやって、と口々に言う。その内一人が立ち上がった。
「警備を!もしかしたらまだ近くに潜んでいるやもしれません、見つけ次第処刑すべきです!」
 ダリュは静かに首を振った。
「いや……放っておけ。殺しをしたとはいえ、それなりの訳あってだ。それに特に悪事を企む者でもないようだからな」
 ダリュの言葉は臣下に向けたものだが、目だけは確認するようにアルザを見ていた。アルザも頷くようにゆっくりと瞬きをする。
「しかし!それでは……」
「構わん。今はそんな事にかまけている時じゃねえ。まず解決すべきは無闇な悪魔狩りだ。それにこれ以上客人を待たせておくつもりか?」
 言葉に詰まった臣下はこれは失礼を、と一礼すると席に座りなおした。そわそわと落ち着かない様子ではあるが。
 形式ばった乾杯で晩餐が始まった。外はもう真っ暗になっている。月にかかった雲の縁が金色に輝いていた。メアリは今頃どのあたりにいるんだろうか。宿をとったかもしれないが、色んなものを見たいと言っていた彼女だ、もしかしたら今だ歩き続けているのかもしれない。次の、まだ見ぬ場所へ。そういえば僕はスピネ・エンデとこのシュバルツァガル、アウグスタの三国しか知らないな。道なきところの向こう側、ずっと遠いところなら見てみたい。そんな事を思いながらアルザはワインに口をつけた。少し飲んだだけで口の中も喉も熱い。その時、かすかにベリアルの気配を感じた。姿は現さずに耳元で何か囁いている。
「それ、持って帰れねぇのか?」
 アルザは噴出しそうになった。黒い悪魔はこのワインをご所望か。ダリュに頼むと、城に届けておくと返事があった。ベリアルに満足そうな声で礼を言われ、今度こそアルザは小さく噴出してしまった。



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2006.11.12 執筆

アルザ、メアリを逃がす。ベリアルは巨大な斧を具現化して使う事が出来ます。魔力もあるし強いな、ベリアル。アルザはメアリにネックレス貰いました。本人あんまいらない感じですが!(笑)あれは蔦とか枯葉の絡んだようなものをモチーフにしたアンティーク。メアリのママンのものでした。晩餐はもちろん長いテーブルで!ナイフとフォーク。シュバルツァガルはあんま野菜多くなさそう。荒野だもの!育たない!ワインは度数高めのがある。でも考えてみると雪国のスピネ・エンデの方がキツいのありそうかも。いや、でもそこはあれだよね!(何

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