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MAJESTOXIC   2・4 事の真相

 「ようこそ、レルゾの底へ」
ハスキーな声がして奥のほうから一人の魔女がやってきた。鮮やかな色の羽飾りのついた三角帽子を被っている。肩まで伸びた髪はくるくるとカールし、薄いピンク色だ。歳は見たところ30前後だろうか。グラマーな美女だった。ストラディヴァリが帽子を取ってうやうやしくお辞儀をした。
「客人の案内ありがとう、ストラド。あとは大丈夫だからあなたは休んでて」
 再びペコリと頭を下げるとストラディヴァリは尻尾を揺すりながら去っていった。魔女がアルザたちに向き直った。一人一人を頭からつま先まで品定めするように眺めている。ダリュが怪訝そうに睨むと肩をすくめてみせた。
「さて。まあ立ち話もなんだから……あら、アルザ王は怪我してるのね?」
「そうじゃなきゃ誰がこいつの背中に乗ったりするんだよ……何で僕の名前を?」
 ダリュが抗議の声をあげようとしたが、その前にアルザがダリュの口を塞いだ。
「知ってて当然よ。アルザ王、ダリュ王、ユト王子。三国のトップを集めたんだもの。私だって外を出歩くんだからあなた達の顔も覚えるしね。ああ、そうそう。それから敵意はないわ。だからアルザ王……そろそろ私の後ろの悪魔をどうにかしてくれる?気になってしょうがないわ。ここへ来る前に眩しい光を見たでしょう?移動魔法を使わせてもらったの。残念ながらファビオ王の結界が破れなくてアウグスタ代表は王子のあなたにしたんだけど」
 ユトがむっとした顔をする。ベリアル、とアルザが名を呼ぶとオーレリーの後ろに黒い悪魔が現れた。この巨大な洞窟に入った頃、念のためアルザが呼び出していたのだ。姿を隠して手には大斧を構えていたが、主人の声に従ってそれを宙に消した。ダリュとユトは当然ながら驚いている。ベリアルはダリュにおぶわれているアルザを見ると鼻で笑った。

「私はオーレリー。レルゾの底に集った魔族たちの指揮を取ってるの。アルザ王はあの湖に怪我したところをつけとくといいわ、治りが早くなるから」
 オーレリーが湖を指差す。ダリュは岸まで行くとアルザを降ろした。アルザはブーツを脱ぐとズボンを捲くりあげて左足を水につけた。足首が赤く腫れあがってしまっている。湖の水は冷たかったが、じわりと体にしみ込んでくるような不思議な暖かみを感じた。
「どう?魔力が満ちた水よ」
「そんなもんに足つけて大丈夫かよ」
 オーレリーがダリュを睨んだ。ベリアルが翼で水面をばしゃばしゃ叩きながら湖に潜っていった。悪魔は普段実体がなく、魔力の塊とも言える生命体なので水に満ちた魔力が心地よいのだろう。
「失礼ねえ、“魔力”を何だと思ってるの?そりゃ使い方によっては破壊をもたらすけど、元々は生命エネルギーの一つよ!体を廻って生き物の活動を助けるの。血液みたいなものと思えばいいわ」
「血液か。じゃあ俺にもあるのか?」
「あるけど、ダメね。凝縮して魔法を生み出すには全然足りやしないわ」
 別に魔法が使いたかったわけではなかったが、そう言われると少々凹む。ダリュは落ち込んだ。

 ユトがじれったそうに横から口を出した。
「ねえ、なんで俺たちをここに連れてきたのか教えて欲しいんだけど」
 オーレリーは湖面に映るユトの顔を眺めた。目がファビオによく似ている。
「そうね。まずそれを話すべきだわ……最近の状況は知ってるわよね?治安の悪化、それに異常気象。何が理由だと思う?」
「魔族が原因だと考えるのが一般論らしいよ」
 アルザは足をさすりながら、まるで他人事のように答えた。オーレリーは何度も頷く。
「そうでしょう。そうでしょうとも。それが普通ね、ミケーレ戦争当時を生きた者なら誰だってそう考えるのが自然」
「だがその一般論では『魔族はすべて危険』ということになってるがな」
 立ち直ったダリュも話に加わった。
「そうなのよ……困ったものね。あの時人間と一緒に戦った魔族もいるってこと、忘れたのかしら」
「フェリシティ側の軍に対する恐怖が大きすぎたんだろ」
 オーレリーの青い目がアルザを見つめる。
「あなたはどうなの?」
 ちょうど目の前を人魚が横切った。尾ひれが玉虫色に光って美しい。
「何が?」
「魔族に対しての恐怖。あるの?ないの?」
「ないよ。特に怖いと感じることもないし、嫌いってわけでもない。まあ好き嫌いはその魔族次第だな」
「そう。良かった」
 オーレリーが急に真剣な面持ちになった。

 しばしの沈黙の後、オーレリーが口を開いた。
「……フェリシティがまだ生きてるとしたら、あなたどうする?」

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。ユトはぽかんとしている。ダリュは顔をしかめた。
「それはどういうことだ?」
「仮説、として話してるわけ?」
 オーレリーが顔を逸らした。張り詰めたような、厳しい表情になっている。ベリアルが鼻から上だけ顔を出して一同を見ている。ユトがオーレリーに詰め寄った。
「えっと……何?冗談とか……」
「だったらどんなにいいか!」
 だよね、とユトが肩を落とした。アルザは口に手を当てた。フェリシティがまだ生きている?どういうことだ?三年前にあの魔女が死んで戦争が終わったはず。僕の父さんと母さんの命を奪った後、彼女の体は跡形もなく消えていったと聞いているが……。
「生きている、とは?一体どういう……」
「正確にはフェリシティの『魔力』が生きているの。肉体は滅びたけれど、形のない魔力まですべて朽ちはしなかったのね。強大な力を持つ者にはよくあることだわ……。ずっと影を潜めていたのが最近になって影響し始めたのよ」
「それが近頃の異常を起こしてるわけか?」
 オーレリーはダリュのほうを向いた。
「ええ。厄介なことに彼女の魔力は死者を操っているの。生前に無数の魔族を操ったようにね。墓がいつの間にか荒らされて、死んだはずの仲間がその辺をうろつき回ってるわけ。何も映さない虚ろな瞳をしてね。大気や人間の精神にも悪影響が出ているみたいね」
「死してなお人間を恨んでるわけか」
「ここまで来ると彼女の憎しみの対象が人間だけかどうかも怪しいけどね。とにかく、このまま放っておくことはできないのよ。数も確実に増えつつあるんだから。まず命ある者を出来るだけ守ること。そして……哀れな死者を眠らせてやること」
 一瞬オーレリーの顔に悲しみがよぎった。
「でもフェリシティの魔力そのものがなくならなきゃ意味ないんじゃない?」
「そう!それなのよ!!」
 アルザの問いにオーレリーが勢いよく答えた。少しずれてしまった帽子を被り直す。
「いい案があるの。うまくいくかどうかはまだ分からないけど……。あなた、スティフ=エヴァンジェリンって知ってる?」
 アルザは自分の家庭教師の名前が出てきたことに驚いた。オーレリーの言う『いい案』とやらに先生が関係あるのか?
「スティフならこいつがよく知ってるぜ。へらへらしていけ好かねェ奴だ」
 ベリアルが湖から上がってきて口を挟んだ。実体がないため、服も翼も濡れてはいない。オーレリーが手放しで喜ぶ。
「本当!?話が早いわ、会わせてちょうだい!」



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2007.1.29 執筆

魔族たちのボス登場。お話のメインの内容が見えてきたとこかな?フェリシティさんの魔力がまだこの地に留まっています。この洞窟『レルゾの底』にいるのは人間を憎んだり忌み嫌ったりしてない魔族だけ。かといって人間を好きかというと微妙なところ。魔族には魔族の事情があるんです。
気を抜くとどうしてもユトとダリュの存在を忘れそうになる(笑)
オーレリーとメアリの口調が難しい・・・

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