フェリシティの魔力が宿る死者は多数いるが、その中の一人に魔力の本体――核のようなもの――が留まっている。その死者を眠らせれば、行き場の無くなった彼女の力は他の魂と同じように、大地に溶けて消えるはず。
死者の嫌う光を放つ結界を張ることができれば、フェリシティに操られた死者を特定の場所に追い込むことができる。その強力な結界をつくるには強力な魔力を持つ者が必要となる。魔法魔術の権威として有名なスティフ=エヴァンジェリンであればその役を十二分にこなせるだろう。
オーレリーの考えはそういうものだった。 「私もスティフと共に結界をつくろうと思うわ。土地の広さも考えるとあと数人の強力が必要ね……。それから結界を張った後!三国全軍の全面的な協力が必要なの。死者をもう一度葬るには物理的な力が必要だから。ここに集った魔族だけじゃ足りやしないのよ、向こうだって反撃してくるわけだし」
アルザはすっかり癒えた足にブーツを履いて立ち上がった。 「軍が必要なら動かすさ。それでフェリシティと決別できるなら」 「俺も同じ考えだ。そのためなら出来る限りのことはする」 「僕も……父さんに話すよ。きっと協力してくれると思う」 ダリュが続き、ユトも居心地悪そうに答えた。こういう時には国王である二人、彼らに少しだけ引け目を感じてしまう。オーレリーに役不足と思われるのも仕方がないのかもしれない。
オーレリーはアルザたちを満足げに見やると、両手の平をポンと合わせた。 「それなら!三国全ての協力を得られたと思っていいのね?よかった、断られたらどうしようかと思ってたのよ!順調順調。とりあえずそれぞれの国へ戻って話をしてもらって、その後どこかで集まるようにすればいいわね。詳しい話はそこでしましょ!」
三人は、良かった良かった!と事の深刻さの割には明るく言う彼女に苦笑した。いつの間にか後ろで話を聞いていたらしいドワーフたちもガラガラ声で歓声をあげた。ベリアルは暇そうに欠伸をして姿を消した。アルザはぐるりと辺りを見回した。 「それはそうと……ここはどこなわけ?レルゾの底なんて場所、聞いた事もない」
「それは歩きながら話しましょうか。貴方たちがここに飛んできた場所まで行きましょう。元いたところ……アウグスタ城に送るわ。早い方がいいでしょ」 「正確にはここへ“落ちてきた”んだけどね」 「悪かったわよ、転送術は得意じゃないの。それから今度は初めに言っておくけど、帰りもああなることを覚悟しておいて」 「……」 ダリュが顔をしかめた。また二人の下敷きになるのか?いや、今度こそは飛ばされた場所からすぐに退こう。アルザがその様子に気付いて猫のように目を細めた。
「ま、今度もクッションがあれば大丈夫だけどね」 「クッショ……!」 食って掛かろうとしたダリュをユトが控えめに諌める。その間にリスのストラディヴァリがやってきた。三人を導いたときのように、その手にはキャンドルの入ったコップがある。
「さあ、行きましょう」 オーレリーはマントを翻すと腕をあげて三人を促した。灯りを持つストラディヴァリが先導する。アルザたちはこの大空洞を振り返りながらその後に続いた。
「レルゾの底は見ての通り地下洞窟なの。位置的にはスピネ・エンデとシュバルツァガルの中間あたり、メノー川上流域になるかしら。地上は深い森だから、所々にある洞窟への入り口も気付かれにくいのよ」 アルザは頭に地図を思い描いた。あんな所にこれほど広い洞窟があったのか、全く気付かなかったな。その時後ろに気配を感じて振り返ると、黒いローブの少女が後ろをついてきていた。
「……メアリ=グラーシャ」 少女は地下牢でアルザが逃がした魔女だった。メアリは少し驚いた様子でアルザの横に並んだ。 「名前、覚えてたのね……アルザ=ライオネル」 オーレリーが振り向いて、知り合い?と尋ねた。二人は曖昧に返事をした。彼女は軽く頷くと、特に気にするでもなくダリュやユトの質問に答え始めた。アルザは隣を歩くメアリに顔を向ける。少し癪だが身長は同じくらいだった。 「きみもオーレリーの仲間か?」 「ええ。アルザ、あなた……王様って話は本当だったのね」 「そんな嘘ついてどうするのさ。正真正銘の国王だよ」
「だってそう見えなかったんだもの……オーレリーの作戦に協力、してくれるのよね?」 メアリの声が真剣さを増した。 「するさ。それが僕らのためになるからな」 メアリが顔を緩めた。微笑むと少しだけ、城下町の少女たちと同じようなあどけなさがある。アルザはメアリの横顔を見ながらそう思った。決定的に違うのは、目。その視線は暖かくも厳しい。瞳の奥には複雑な感情が見えた。
「メアリはどういういきさつでここに?」 「……噂を聞いたの、フェリシティの魔力に対抗する勢力があるって。だから……私も……入りたいと思って」 「ふうん……」 何となくはっきりしない口調に、アルザは聞かないほうがよかったかと思った。話したくないなら無理に聞くことはない。その時、二人の前にいるユトの首筋に水滴が落ちた。ユトは小さく悲鳴を上げて後ろを振り向く。アルザが口の端を上げると、ユトは恥ずかしそうにそっぽを向いた。メアリもそれを見てクスッと笑う。
ストラディヴァリがコップを持った手を下ろした。到着だ。そびえ立つ岩壁を見上げれば、高い位置にある穴から光が差し込んでくる。黄色みを帯びた光。そろそろ夕暮れ時だ。 「それじゃあ送るわ。三人とも寄ってくれるかしら?」
オーレリーの声でアルザ、ダリュ、ユトが中央に集まった。メアリ、ストラディヴァリは離れてその様子を見ている。オーレリーが目を閉じ、術に集中し始めた。壁に付着している鉱石がちらちらと光りだす。ストラディヴァリが別れの挨拶に帽子を振っている。 「飛ばすわよ……また会いましょう!」
ここに飛ばされたときと同じように、白い光がアルザたちを包みこんだ。眩しさに目をつぶると体が宙に吸い込まれる感じがした。今度はどこに落ちるのだろう?庭の噴水の上……は嫌だな。槍を構えた騎士像の真上も勘弁願いたい。アルザがそんなことを考えているうちに、意識が次第に遠のいていった。
2007.4.1 執筆
前回のお話を書いたのが……1月……!?ちょっと間を空けすぎですねorz この間に自分が何してたのかまったく思い出せません!(爆) アウグスタ城へ帰還。オーレリーさんに送ってもらいました。彼女、元気ですね。なんか満ち溢れてるよ……! ユトとダリュをお話の所々に絡ませるのがものすごく楽しかったです。
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