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MAJESTOXIC   3・1 大聖堂

 レルゾの底から送ってもらった際、三人はアウグスタ城大広間に落ちた。そこには三人がいなくなったことで各国の要人が集まっていた。アルザとユトは兵士の上に落ちて怪我も無かった。ダリュはグレイの上に落ちていったが、彼女は反射的にさっと身を翻してそれを避けた。三人はそれぞれ事情を話し、後日オーレリーの作戦のための会議を開くことになった。



 アルザはスピネ・エンデ王都、西区にある大聖堂に出向いていた。各地に点在する教会は一国ほどの軍を持ち、大司教の権力は一流貴族をも凌駕するものだった。
 気は進まなかった。とにかく大司教が嫌いなのだ。特に理由はない。強いて言うならば、彼が自分を嫌っているからだ。だが戦力はあるに越したことはない。アルザは重厚な扉をゆっくりと開いた。
 昼間ではあるが大聖堂の中は薄暗く、屋外よりも空気が冷たい感じがした。アーチ型の天井ははるか高くにある。聖堂の奥には巨大なパイプオルガンが、その上方にあるステンドグラスからは鮮やかな光が漏れていた。アルザはずらりと並ぶ長椅子の横を通っていった。誰もいないようだ。自分の足音だけがやけに大きく響く。
「……大司教?いないのか?大司教!」
 教会関係の場所にはほとんど訪れることがないので、大司教がここにいるかどうかすら定かではなかったが。空間に声が反響し、再び静まりかえる。
 懺悔室にいる、ということは……ないか。それはもっと下位の牧師の仕事だと聞いたことがある。アルザはそのまま階段を上り、パイプオルガンの前に立った。何度か見たことはあるが、触れたことはない。何となく音を聞いてみたくなって鍵盤に指を置いた。冷たく滑らかな感触だった。適当にいくつか押してみると、この場所の神聖な雰囲気にそぐわない酷い不協和音が響き渡った。僅かにビリビリと震えるような振動を感じる。再び、今度は大体の目星をつけてやってみたが、それもまた不快な音を奏でただけだった。
「酷いな……」
 その音を聞いていたくなくて手を離し、一人ごちた。

「ええ、本当に」

 心臓が一瞬止まった気がした。真後ろから聞こえた声に体が強張った。アルザの脇をすり抜けるように手が伸びてきて、慣れた手つきで鍵盤を押さえる。美しい和音が大聖堂に響いた。
「いるならさっさと出てきてくれ、大司教」
「いえ、今来たところですよ」
 ――気配は全く感じなかった……。
 不機嫌を露にし、アルザは振り向いた。大司教はにこやかに微笑んだ。ただ、その目は笑ってはいなかった。赤毛の髪を後ろで束ねている。同じ赤毛と言ってもユトやファビオのそれとは違い、真紅のビロードのような色をしていた。瞳はアルザと同じような赤だ。歳は30代前後のように見える。今日は式のときに着る分厚いローブではなく軽装だった。
「おやおや、ご機嫌を損ねてしまいましたか?驚かせてしまったのなら申し訳ありません」
「驚いてない」
 アルザはわざと強がってみせた。この大司教が自分に何か言えば、言い返さずにはいられない。大司教はあからさまにため息をつき、アルザを見下すような視線を送る。アルザも真正面から睨み返す。
「何の用です、アルザ」
 大司教が凍るような冷たい声色で問いかける。彼はアルザを“王”と呼んだことがない。何故かアルザを毛嫌いしている。当人はそこまで嫌われる理由など身に覚えがないのだが。
「教会の軍を動かしてほしい」
「軍を?何のために」
「フェリシティの脅威を取り除くためだよ。もう手紙で知っていると思うけど。僕らは魔族と協力して彼女の残留魔力を消滅させるつもりだ。操られた死者を再び葬り去る。教会の力も貸してくれない?きみらだってこの状況のままでいいはずがない」
 大司教はふいと顔を背けた。
「このままでいい訳がありません」
「それじゃあ教会も協力し……」
「いいえ、協力など致しません」

 訳が分からない、という顔で大司教を見ると冷ややかな一瞥が返ってきた。
「何それ。正当な理由はあるわけ?僕が嫌いとかそういうことで拒否してるんだったら……」
「あなたとこれ以上話すことはありません。お引取り願えますでしょうか」
「ふざけるなよ、この現状を知ってよくそんな口が叩けるな。それが全教会を統べる者の判断か?」
 アルザは大司教に詰め寄った。
 その時、大聖堂の扉が開き数人の兵士が入ってきた。兜を目深にかぶり、腕章には十字の装飾がある。教会軍の兵士だ。抜き身の剣を胸の前で上向きに構えている。どう見ても良い雰囲気ではなさそうだ。
「……随分用意がいいじゃないか」
 大司教は何も答えず、わざとらしく会釈をした。兵士など怖くはない。ベリアルを呼べばいい。だがここで力を行使してしまうと教会の協力を得るどころか敵に回してしまいそうだ。このいけ好かない大司教だって、それを口実に真っ向から対立してくるだろうから。
「きみがそうまでするなら帰ってあげるよ。今回はね」
 アルザは踵を返し、扉へと向かった。最後に司教を嘲笑うのも忘れない。兵士には目もくれずに明るい屋外へ出た。背後で扉の閉まる音がした。

 大聖堂の前には馬車がとめてある。その前にはロシュが立っていた。
「どうでした?」
「大司教ってのはいつ代替わりするわけ?」
「……それは、今の司教がお亡くなりになられたとき、でしょうね」
 ロシュは苦笑いした。この反応は……駄目だったんだろう。教会が協力を拒んだのは予想外だったが、何も言わなかった。おそらく一番困惑しているのはこの若い国王だろうから。気が強いので表情にはおくびにも出さないが。
「では……このまま帰りますか?明後日の会議の準備もありますから」
 アルザはこくんと頷いた。馬車に乗り込み、無言で窓の外を睨む。大司教、もしくは断られたことが相当気に入らないらしい。その両方かもしれないが。帰ったらまず城のシェフに彼の好きな菓子を焼いてもらおう、と考えながらロシュも馬車に乗った。

 明後日には、シュバルツァガルとアウグスタから国王を始めとする要人がこのスピネ・エンデに集まる。今頃使用人たちは大忙しだろう。こういった集まりの後には盛大な晩餐が待っているのだから。オーレリーにはこの会議の日時をどうやって知らせるか、それはスティフが担当することになっている。会ったこともない魔女に連絡をつける、ということが彼にはできるらしい。



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2007.4.4 執筆

司教さんが出てきました。名前はまだつけてません。アルザのこと嫌いですね〜彼!
そういうギスギスしたのって書いてて楽しいです(笑)最後らへん、ロシュの甘さも楽しいけど(*´∀`*)
アルザはバイオリンは弾ける。スティフから習ってます。けどその他の楽器は扱ったことないのでお粗末。

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