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MAJESTOXIC   3・4 黒と華

 盛大な宴。会議の後、スピネ・エンデ城の大広間とさらに客間を二つ開放し、豪奢なパーティーが開かれていた。琥珀色のシャンデリアが蝋燭の光で煌々と輝く。大広間の奥では灰色の壁を背にして楽隊が音楽を奏でている。壁にはそれぞれの王家の紋章が描かれた旗が掛かっている。大広間の中央では着飾った男女が手を取りあい踊っている。緋色、黒、濃紺、紫、白、若葉色……さまざまな色のドレスでパーティー会場は埋めつくされた。貴婦人たちの笑い声が聞こえてくる。

 人間だけでなく魔族たちも色めき立っていた。オーレリーは少女のようにはしゃいでいるし、狼男のホリーガヴィディは黒光りする帽子をこの日のために新調した。二本足で歩く猫のジノイは全身をくまなく舐めて磨き上げた。リスのストラディヴァリはふさふさの尻尾に飾り羽をつけて得意げに歩き回っている。城でのパーティーなど魔族にとっては初めての経験だ。魔族だけでの集まりなら何度もあったが、せいぜい朽ちた遺跡で酒を酌み交わすことぐらいしかできなかった。人目につく場所ではいけない。いつ悪魔狩りの輩が無粋なまねをしてくるかわからないからだ。今回のパーティーにはレルゾの底に集った魔族たちのうち約五分の一が参加しているらしい。
 魔族を珍しそうに見る者もいれば、あからさまに嫌悪の表情を見せる者もいる。ミケーレ戦争が残した爪痕だ。当の魔族たちはというと、時おりムッとした顔をしてはいるが、「和やかに、穏やかに、好印象を」というオーレリーの言葉に従っている。
 これから戦争を始めるのだ。人間と魔族が手を組むには、お互いを仲間として見ることができるようにならなくてはいけない。互いの距離を少しでも縮めること。それがこのパーティーの目的の一つでもあった。

 大広間の左右には大きな階段があり、そこを上るとステンドグラスの美しいドーム型の部屋『春の間』がある。アルザとダリュは階段の手すりに寄りかかっていた。
「あの柱の下にいる奴ら、もうちょっと楽しそうにできねぇのか?」
「ああ、バティスタ=オーギューと……何であんなに魔族嫌いなんだか」
「まあしょうがねえけどな。3年前戦ったのが魔族じゃなけりゃあんなに毛嫌いはしねーだろうし」
 むしろお前のほうが変わってるな、と言ってダリュがアルザを見た。
「なんで」
「だから……両親、フェリシティに」
 ダリュはばつが悪そうにもごもごと口ごもった。アルザは通りかかった給仕を呼び止め、緑色の液体の入ったグラスを二つ受け取った。一つをダリュに渡す。
「別に……。僕の父さんと母さんを殺したのはフェリシティであって、他の魔族は関係ないだろう?大体戦う気なんてなかったのに操られて死んでいった魔族がほとんどさ。正気でフェリシティに協力した奴なんて数えられるほどしかいないし、そいつらは戦争のときに全員死んだって話だろ」
「そう簡単に割り切れるもんなのか?」
「割り切れるさ」
 二人はグラスに口をつけた。林檎の香りと舌の痺れるよう熱が口いっぱいに広がる。アウグスタの林檎酒だ。
「僕、薄情だと思う?」
「……いいや、それでいいんだろ。私情を挟まねーってのは案外難しいもんだ。ま、お前の場合普段は私情で動いてばっかだけどな」
「それは別にいいの」
 アルザが口を尖らせて言うとダリュが横目でそれを見て笑った。アルザが階下の人々を眺めていると、大広間の隅のほうに見知った顔があった。ハルヴィエとセレだ。ダリュがアルザの視線をたどると愛しい王女の姿に気がついた。ちょっと行ってくる、と言ってダリュは足早に階段を下りた。また何度目かのプロポーズでもしにいくのだろう。

「あら、ごきげんようアルザ王」
「これはこれは!陛下の幸運を祈ります」
 一人でいると、通りすがる者たちに口々に声をかけられる。アルザは適当に返事を返した。階下ではダリュがハルヴィエたちのところに辿り着いていた。

 ふと気配を感じて振り返ると、黒ずくめの男が春の間の中央に立ってこちらを見ている。黒い膝丈のマントに黒い帽子、黒い手袋、黒いブーツ、そして後ろで束ねた黒い髪。あいつは確か、会議に出席していた……。相手が目をそらさないのでアルザもじっと見返していると、男が猫のように目を細めた。不気味に口元をほころばせて一歩、また一歩と近づいてくる。男の、蛇のような目が帽子の影で赤黒く光っている。アルザは自分とその男以外の時間が止まってしまったように感じた。歩いてくるその靴音がやけに大きく聞こえる。男の口角がつり上がった。すっと背筋が寒くなり、アルザは腰に下げた剣の柄に手を伸ばした。
「アルザ君」
 横から声をかけられてはっと振り向けば、スティフが階段を上ってきていた。再び目を戻したときには男の姿はかった。辺りを見回してみてもそれらしき人影はない。
「どうしたんだい?」
「会議に出てた黒ずくめの男がいた。何て言うか、嫌な感じがして……」
 スティフは目を動かして辺りを探った。
「……どこかに消えたみたいだね。きっとその男はウィグリー=ベルフリックスだよ。吸血鬼の。僕も会議の前にオーレリーに尋ねたんだ。恨みを買った覚えはないんだけど、彼にはすごく睨まれたからねえ」

「よお。ご機嫌麗しゅーうってか、アルザ。……と、スティフもな」
 二人に声をかけてきたのはダリュの弟のジルだった。肩まで伸びた黒髪は外側に向かってはねている。顔立ちはダリュに似ているが、ジルのほうが少し目尻が垂れていて線の細い印象がある。美男と言っても差し支えはなかった。正装をすればなおさらだ。ジルとすれ違った女性たちはその後姿を振り返る。ダリュとの一番大きな違いはいつもニヤニヤと笑って胡散臭い雰囲気をまとっているところだ。シュバルツァガル国王の弟でありながら素行は最悪。城にもろくに帰らず、庶民のなりをして遊び歩いている。
「珍しいね、ジル君がこういう場に出席するなんて」
「まーな。兄貴にもさんざん嗅ぎ回られたしなァ。逃げんのめんどくさくなってよ」
「ジルは戦争には参加するの?」
 アルザが問うとジルは舌を出して嫌そうな顔をした。
「危ねーよ、死んじゃうぜ?そんなの御免だね」
「剣が使えないわけじゃないだろ?加勢してくれると助かるんだけど」
「痛いの嫌い。疲れるのも嫌ーい」
 そう言ってジルは階段を上っていってしまった。アルザとスティフは顔を見合わせた。
「まったくジルは……。先生、下に行かない?ハルヴィエたちがいる」
 階下ではちょうど楽隊が一曲を弾き終えたところだった。周りから拍手が送られる。踊っていた男女もその場を後にした。入れ替わりに新しいペアが続々と現れる。 曲と曲の節目で階段も人の流れが多くなった。その中をくぐり抜け、アルザとスティフは一階へと移動した。



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2007.9.5 執筆

念願のパーティーです。華やかに。大広間の階段を上ったところにある「春の間」は壁の大部分とそのドーム型の部屋の天井にステンドグラスがはめ込まれていて、晴れた日は色とりどりの光が床に降り注いで綺麗。大広間なんて普段は家臣たちもめったに通らないので、アルザが昼寝場所にしているという設定があったりします。光の降り注ぐなか、ソファでおねむ。雪国だからぽかぽか暖かくてちょうどいいんではないでしょうか。

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