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MAJESTOXIC   3・7 更なる疑惑

 スピネ・エンデ東区の広場跡地は相変わらずぼろぼろだった。薄い雲のかかった空から柔らかな光がこぼれ、雪の上にうっすらと影を作っている。2ヶ月ほど前、アルザが悪魔狩りの惨劇の跡を視察しにきた場所だ。あの時は中央の雪がとけていた。人が、(はりつけ)にされて燃やされたからだ。今はその焼け焦げた煉瓦も真っ白に覆われている。
「ここでたくさん死んだのね」
 メアリがうつむいた。アルザが振り返る。
「分かるの?」
「……ええ。その人たちの命を感じる。死んでるにおいがする」
 二人の後ろで辺りを眺めていたユトが訝しげな顔をした。
「そんなのあるのか……でも、死んだにおいじゃなくて“死んでる”におい?」
「死んだときじゃなくて、そのときからずっと死んでるにおいよ。漂ってるの。今だって、死んでるの」
 ユトはわけがわからない、というように首をかしげた。アルザがその様子を見て笑った。三人は早朝の城下町を散歩していた。目的は特になく、強いて言うなら気晴らしのために。メアリは普段の黒いローブ姿で、アルザとユトはそれぞれ変装していた。帽子をかぶり、顔を隠して。一見どこにでもいそうな少年に見える。王族が供も付けずにあちこちぶらつくわけにはいかない。国民が全員、友好的とは言い切れない。

「こういうのって、あっちゃいけないわ」
 メアリが小さな声で言った。どこからともなく風が吹いてきた。メアリの髪が揺れる。
「悪魔狩りは潰しても潰してもなくならない。信者は取り憑かれたみたいに狂信的になる……まったく迷惑な話だよ、崇高な理由を掲げておいて自分たちは人殺してるんだから」
 アルザの言葉にメアリが振り向いた。
「ねえ……おかしいと思わない?みんな、みんな……同じ町に住んでる人を殺すのって、そんなに簡単なこと?魔族が憎いのは分かるわ。だけど……そこまでする?磔にして火あぶりなんて。それも魔族だって確信があるわけじゃないのよ。普通の人たちがそんなことするなんて思えない」
「そこまで憎いんならするんじゃない?」
 メアリが戸惑ったような目でアルザを見た。メアリ自信、自分が何を言いたいのかわかっていない様子だ。
「だけど、おかしいのよ。何て言えばいいのか……違うの。こういうのって……私、何かいると思う」
 何が、とユトが尋ねるとメアリはかぶりを振った。
「分からないけど、人の、本当の意思じゃない気がする」
 そう言われるとそんな気もしてくる。アルザは煉瓦の壁に寄りかかった。悪魔狩りは人の憎しみから生まれるものだとずっと思っていた。魔族という疑惑が沸けば“儀式”で葬り去る。残忍に、冷酷に。こういう者たちが城下に住んでいるのかと思えば決していい気分はしなかった。
 もし、メアリの言うように何らかの力が人を悪魔狩りに駆り立てているとしたら。ありえない話ではない。フェリシティが魔族を操ったときと同じように、何者かの意思が働いて……。
「彼女じゃないわ」
 アルザの思考を読み取ったかのようにメアリが言った。ユトは話が読めないといった顔で二人を交互に見ている。

 その時、周囲に気配を感じた。大通りや路地裏から十数人が出てきてアルザたちのいる広場を取り囲んだ。身なりからこの町の住人と分かる。髭を蓄えた男、小さな子供、腰の曲がった老人、エプロンをつけた婦人らが皆、目を血走らせている。その見開いた目にはアルザたち三人が映っていた。彼らがじりじりと少しずつにじり寄ってくる。誰一人として口を開くものはいない。ただただ、焦点の合わない目で三人を見ながら近づいてくる。異様な雰囲気が漂っていた。武器や工具を手にしている者も多い。
 雪を踏む音。足を踏み出すたびに不自然に揺れる体。話し合いなど意味をなさないであろう殺気。彼らが話せるのかどうかすら疑問を覚えるほどの野生じみた狂気が見えた。
 ユトは冷や汗をかいていた。護身用の短剣はベルトに引っ掛けてきたけれど、この大人数が相手では非常に心もとない。
 チャリ、という金属音に振り返るとアルザが短剣を構えていた。彼もユトと同じような装備で来ていたらしい。怯むことなく周囲を見渡すアルザに複雑な心境になりながら、ユトも剣を抜いた。メアリは両手をローブの中から出した。しだいに周りを囲む者たちとの距離が狭まる。三人の背が触れ合った。
「……これが悪魔狩り?」
 ユトが背後のアルザに囁いた。
「いや、いつもはこんなに……何かおかしい。今日は特別いかれてるよ」

 一番手前にいた男がシャベルを持ち上げ、アルザの頭上に振り下ろした。アルザはそれを避けると男の横に回り、その後頭部を剣の柄で強打した。男はうめき声を上げてその場に崩れ落ちた。気を失ったようだ。
「体は普通、か」
 それを封切りにしたかのように、虚ろな住人たちが三人に飛びかかっていく。ある者は食卓用のナイフを手に、ある者は素手で。アルザたちは四方からの攻撃を何とか防いだ。剣で弾き、魔法を駆使して。向かってきた数人が気絶して倒れた。それでもまだ数が多い。
「殺さないのって難しいわ」
「ほんと。だいたい何でこんなことに……あの顔。間違いなく正気じゃないよね……ユト、そっち新しいの来てるよ」
「え、うわっ!」
 眼前に青白い女の顔があって一瞬体が竦んだ。ユトは振り下ろされそうになった腕を掴み、女を突き飛ばしてどうにか体勢を整える。
「こんなときにぼーっとしない」
「してないよ!ちょっと気づかなかっただけ……」
「ちょっとって、その一瞬で生死が決まるのよ」
 二人に言われ、ユトは黙り込んだ。何でこんな時まで平然としていられるんだ、と一人ごちる。

 そうしている間にも次の攻撃が迫る。アルザが斬り、メアリが魔法を放つ。ユトも苦戦しながら応戦する。だいぶ倒したような気がするが、その数はあまり減っていない。それどころか、煉瓦の壁の向こうには仲間に加勢しようとしている者たちの姿が見えた。苛立ったアルザが舌打ちした。
 その時不意ユトが雪の上に腕をついた。気絶していたはずの男に足を掴まれたためだ。妙に無機質な手が次々にユトの体に伸びる。ユトは足掻こうとするが押さえつけられ、身動きがとれない。そこに金髪の青年がふらりと近寄り、斧を振り上げた。
――まずい……。
斧を振り下ろす動作がやけにゆっくりと見えた。体中の筋が固まってしまったように、動けない。アルザがそれに気づき、目を見開いた。親友の上に振り下ろされようとしている凶器。

「……ユト!!」
 自分を呼ぶ悲痛な声がして、ユトの視界が真っ赤に染まった。
 痛みは襲ってこなかった。雨に打たれているような感触。目の前にあったはずの、青年の頭がない。斧を持っていた手も肘からなくなっていた。鋭い刃物で一瞬にして切り取られたように、平らな切り口には肉と骨が見え、そこから血が噴き出していた。ユトの顔に生温かい血がかかった。顔だけでなくシャツやズボンも赤く染まっている。青年の体は二の腕を上げた姿勢のまま、後ろに倒れた。ユトは瞬きもできずにぽかんと口を開けた。

 さっきまでの乱戦が嘘のように辺りは静まり返っている。辺り一面の、赤、赤、赤。雪の上に重なり合う死体。首と、手と、足と、それから細切れになって散乱する肉片。
 生きているのは自分たち三人だけだった。ユトは体を起こした。自分を押さえていた手も胴体から切り離され、赤い雪の上に落ちていた。メアリはその場にぺたんと座り込んだ。広場の中央にアルザが呆然と立っていた。左手の甲が鈍く光っている。二人もかなりの血を浴びていた。
 アルザの横に黒い煙が渦巻いた。それが人型を作り、中から悪魔ベリアルが現れた。その手には巨大な黒い鎌を持っていた。鎌から血が滴り落ちている。アルザは自分の手を見つめた。
「……これ、僕が?」
「そうだ。参ったぜ、いきなり呼び出しされて魔力めちゃくちゃ注がれたもんだから加減できなくってよ。危うくあの二人も殺っちまうところだった」

「ひ……人殺し!!!」
 声のしたほうを見ると、犬を連れた男が腰を抜かしていた。どうやらこの男は正気らしい。震える指でアルザたちを指差している。男の声に集ってきた野次馬も、広場の有様を見て愕然としていた。死体の山。佇む三人と、黒い翼を生やした――悪魔。野次馬から悲鳴と怒号があがった。我に返ったメアリが立ち上がった。
「早く帰りましょ。とにかく、このままだとまずいわ……アルッ……どうしたの!?」
 メアリはアルザの名を呼ぼうとしたが状況を考えて口をつぐんだ。アルザはベリアルに抱えられていた。意識がない。ベリアルは黙って翼をはためかせると、メアリとユトを引っ掴んで空に舞い上がった。
「気ィ失ってんだよ。あんまり一気に力を使いすぎたな。俺が実体を持ってるってのがその証拠だ」




 ベリアルは城門の上を飛び越え、城の中庭に降りた。中庭も一面の雪で覆われていた。ユトとメアリを地面の上に降ろし、アルザの体をゆっくりと横たえた。服や体から滴る血が雪を赤く染める。
 兵士に連絡を受けたスティフが血相を変えて走り寄ってきた。
「アルザ君!」
「心配すんな、返り血だ」
 スティフはアルザの頬に手のひらを当て、ほっとした表情になった。
「……よかった、疲労のせいだね。少し休めば良くなる……それで、どういうわけで皆そんなに血まみれなんだい?生半可な量じゃないね」
 兵の持ってきたタオルでアルザの顔を拭きながら、スティフはユトとメアリに事情を聞いた。
 途中で悪魔狩りに遭ったこと、連中が普通ではなかったこと、ユトが危なくなったときに起こった惨事のこと……。ユトとメアリも自分の体を拭きながら話した。そこからベリアルが話を引き継いだ。
「この赤毛を助けようとして、そいつは咄嗟にありったけの魔力を使って俺を呼び出した。呼び出す……いや、呼び出そうとしていたのかどうかも分からねぇ。随分荒っぽい、力ずくなやり方だったからな。とにかく助けなきゃいけねぇと思ったんじゃねえか?まあそこで俺が出ちまったわけだ。で、あとはその魔力の分だけ俺が奴らを片付けて回ったってとこだ」
「そうか……まだ、扱い慣れてないからねえ。それに本人は制御どころじゃなかったんだろうね」
 スティフが苦笑した。ユトは頬を掻いた。その時ばたばたと足音が聞こえ、ロシュとバッチェスが真っ青になって駆け寄ってきた。血まみれで倒れているアルザを目にし、二人が息をのんだ。その後ろから他の大臣や兵隊長たち、メイドやコックまでもが走り寄ってきていた。
「アルザ様!?この血は……!?」
「大丈夫、アルザ君はどこも怪我してないよ。ちょっと安静にしとけば治る」
 ロシュはアルザの横に座り込んで安堵のため息を吐いた。バッチェスはこめかみを押さえて眉根を寄せている。心配させないでくださいよ、と言いたそうな顔だ。他の者も王の容態を聞いてほっとしている。

 とりあえずアルザを自室に運んで寝かせなくては。アルザを抱えたロシュが城の中に消える。ユトとメアリも城の者に促されて風呂に入りにいった。集っていた者たちもみな戻っていった。ベリアルとスティフだけがその場に残った。
「町の奴らにゃあアルザの顔は割れちゃいねえ。ま、魔族の評判がまた落ちたことは確かだけどな」
 スティフはベリアルの顔を見た。
「きみは良い悪魔だねえ」
「嬉しくねえよ」
 スティフはやんわりと微笑んだが、すぐに真剣な顔つきに戻った。
「……悪魔狩りの連中については」
「ああ、明らかに操られていたな。あいつらも今回特にひどかったとか何とか言ってただろ。確かにぷんぷん匂ってたぜ、腐った血のにおいがな」
 そう言うとベリアルは煙のように掻き消えた。一人残ったスティフはその場でじっと考え込んだ。
――少し妙だとは思っていたけど、今回のことが決定的だったかな。悪魔狩りの背後に何かがいる。何かが、もしくは誰かが、だ。誰か……だろうな。それが誰かは分からないけれど悪意があることは確かだ。もしかしてフェリシティ……いや、メアリ君は違うと言っていたか。確かに、何年も前に死した力にしてはあまりに作為的すぎる。それにしてもあの子は……まあ、アルザ君も無事に帰ってきたことだし。それで十分。僕は僕のやるべきことをやっておこう。広場の後始末は……あとでサリエルにでも頼もうかな。
 スティフは中庭の雪の上に散った血を一瞥し、自室へと足を向けた。



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2007.9.25 執筆

パーティーの翌日。散歩してて、たまたま東区に行ったら悪魔狩りかよみたいな状況に。
ゾンビみたいですね町の人!(*´∀`)早朝から三人はこんな目に。グロいシーンを生で目の当たりにして、その日の食事に肉とか出てきたら嫌だ(笑)ベリアルさんすごいですね。アルザの魔力が原動力だけど……。ちゃんと然るべく準備をしてから力を使わないとエンスト(←?)起こします。きっと体もびっくりしちゃうんです。
広場で起こったことを知っているのは当事者たちと事情を聞いたスティフ。スティフは死んだ者を可哀想に思うよりもアルザが無事だったことを喜んでます。割と盲目的にアルザを溺愛してる人。

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