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MAJESTOXIC   1・1 立ちのぼる黒煙

「ぼくも大きくなったらおうさまになるの?」
「そうだよ、パパと同じようにこの椅子に座って、国のために尽くすんだ。
アルザならきっと賢くて優しい王様になれるよ」

 父さんはそう言って僕の頭を撫でてくれた。
 まだ幼かった目には、王位も権力もただキラキラして見えていた。強く朗らかで、みんなに慕われて……父さんはずっと憧れの人だった――今もそうだ。




「魔女は……フェリシティは尚進行中です!!まっすぐ王都に向かっています!」
「……ついに……来たか。全軍準備を怠るな!じきに二国からの援軍も合流するはずだ!!それまで耐えれば勝機は見える!」

 人間の率いるスピネ・エンデ、シュバルツァガル、アウグスタはすべての戦力をぶつけて魔女と戦った。魔女はその力で魔族を取り込み、強大な軍をつくっていた。
 激闘の末、人間界を破壊しようとした魔女は死んだ――父さんと母さんを道連れにして。魔女フェリシティの最期。彼女は残りの魔力すべてを父さんに向けて放った。戦場には援護として母さんも来ていた。母さんは父さんを庇おうとしたけれど……強大な力を前に、どうすることも出来なかった。
 そして、二人とも命を落とした。

 その知らせを聞いた時、姉さんは涙をこらえていた。今でもその肩が僕の隣で震えていたのを覚えている。涙が僕の目から溢れてきたけれど、どうしても実感が沸かなくて不思議と悲しくはなかった。

 二人の墓に花を添えにいった時、墓石に刻まれた文字を見た。
“エメ・ライオネル王 ナタリー王妃 安らかに眠る”
 エメ、ナタリー……名前を小さく口にした。父さん、母さん……。途端に今までの暖かな記憶が蘇ってきた。嘘のように涙が溢れて、たまらなくなって嗚咽を漏らした。初めてだったな、あんな風に悲しさに泣きじゃくったのは。帰り道はきっと泣き疲れて眠ってしまったのだろう、付き人のロシュの背中におぶわれていたらしい。









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「お茶が入りましたよ」
 僕は今、父さんと同じ椅子に座り、書類の山と格闘している。少しは目を通しているが大体斜め読みだ。どれもこれも同じような……どうして酒場を建てるのにいちいち許可を下ろさなければならないのか。勝手にすればいいじゃないか。少なくとも僕はどこでどう飲もうが文句をつける気はない。ロシュの煎れた紅茶を一気に飲みほすと椅子から立ち上がった。
「もういい。やめた。散歩してくる」
「ええっ、さっき起きてきたばかりじゃないですか!もうちょっと座っててください、ほら、この山だけでも」
 一度退屈したことをやり続けるのは苦痛だ。筆を動かすのがめんどくさい。羽ペンにインクをつけるのだって億劫だ。
「さ、座ってください。執務が遅れるとバッチェスさん達も困ってしまうんですよ。アルザ様はもっと忍耐というものを……」
 ロシュはいつからこんな小うるさくなったのか。僕が小さい頃からこんなだったか?いや……僕があまりわがままを言わなかったからか。ロシュに言わせると幼い頃の僕は「大人しくて」「純真で」「神童のような」子供だったらしい。そうだったか?じゃあ今の僕はどうなんだと問いたくなる。


 今は白銀の一月。深く降り積もった雪が国中を覆っている。書類の山の向こう、銀細工の施された窓枠のさらに向こうに、黒い煙が立ち上るのが見えた。――……またか。
 また、悪魔狩りが行われた。きっと無実の罪、ほんの些細なことで疑いをかけられた一般人が犠牲になったことだろう。どうにもこうにも止めようがない。王都、地方、国境……人の流れのあるところには多めに警備隊を配置しているが、どこから沸いてくるのか、投獄しても投獄しても次から次へと悪魔狩りの信者は現れる。厳しい法律を出しても無駄だった。信者の一人によると「悪魔は裁かれて当然、被害が出る前に処刑すべき」らしい。馬鹿げた話だ。罪のない一般人を裁いて自己満足を得ているだけだろうに。鏡を毎日覗いていれば魔女、教会のミサに来ないのは邪悪なものの化身である証拠、深夜に出歩いているのはサバトに参加するため……呆れを通り越して笑いが出る。
 僕が一般人だったら間違いなく告発されていることだろう。年二、三回ある行事・祭典の時以外では教会に足を踏み入れたことすらないのだから。夜遊びもしょっちゅうだ。

 このスピネ・エンデはもちろん、アウグスタやシュバルツァガルでも状況は同じらしい。毎日のように繰り返される悪魔狩り。処刑。魔女フェリシティとのミケーレ戦争が終わった時から、この国々には異様な雰囲気が漂っている。フェリシティ率いる魔法使い・魔族によって街は破壊され、多くの命が奪われた。逃げまどい、民は燃えさかる業火の中に地獄を見たことだろう。そして魔力あるものを恐れ、畏怖し、迫害するようになった。

 生まれながらの純粋な魔法使い、というわけではなくとも魔法の使える者はいる。血の中に混じった魔力を覚醒させ、魔法を使うことが出来るようになった者たち。しかし真っ先に異端視され、こそこそと隠れるように日々を送っている。僕も人並み程度……いや、それ以上に使える。どちらかと言うと魔法よりは魔術の方が得意だ。僕の家庭教師――スティフ・エヴァンジェリンから習っている。魔法魔術の権威者だ。何故か魔術は民の畏怖の対象ではない。魔法陣を描き、決められた手順を踏むことで精霊や大地の力を借り、魔法のような効果をもたらす……というのが魔術に対する一般的な見解らしい。一方、魔法は憎悪や邪悪な心を持つ者が自らの魔力を使って悪事をはたらくことだと認識されている。しかし、多少なりとも魔力を持つ者にとっては魔法も魔術もあまり変わりはない。
 魔力が大きければ陣を描かずとも魔術を行うことが出来るし、魔法が悪事ばかりに使われているかといえばそうではない。要はちょっとした手順の違いだけだ。

 ロシュがじっと窓の外を見つめる僕の視線の先を追って苦笑いし、またですね、と小さく呟いた。そうだ、散歩ついでに視察にでも行ってこようか。煙の位置からすると、場所は広場跡地あたりだろう。



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2006.9.12 ちょろっと修正

お話の始まり。ちゃんと続くかな・・・
主人公たちの過去をちょろっと。アルザの両親は彼が14歳のときに他界。
その後彼は家臣の助けを借りつつ国王として国を治めてきました。
どこでどう捻じ曲がったのか、すくすくと元気にワガママに育つ。
城を抜け出すのもいつものこと。

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