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MAJESTOXIC   2・1 ハルヴィエの手紙

 憂鬱。まさにその言葉がふさわしい。空にはどんよりと黒雲が渦巻き、流れる。遠くのほうで雷鳴が響いている。雪に覆われた王都は昼近くになっても薄暗く灰色のままだ。
「知ってるか?退屈という怪物は人を殺せるんだぞ」
「退屈死した人の話なんて聞いた事ありませんよ、ほら、背筋を伸ばして!目が悪くなりますよ」
 アルザは突っ伏していた執務机からむくりと体を起こした。インク壺に挿しっぱなしだった羽ペンをおもむろに掴み、無表情のまま窓の外に放った。何を、と言いかけてロシュは口をつぐんだ。アルザがあまりに上の空だったので気がそがれた。
「どうかしたんですか、どこか具合でも?」
 アルザはふるふると頭を振る。
「別にどこも悪くない。普通だ」
「そうですか。なら……いいんですけど」

 誰かが扉をノックした。アルザがやる気のない声で答えると財務大臣のバッチェスが書類を抱えて部屋に入ってきた。心なしかいつもに増して顔が青い。バッチェスは書類をアルザの目の前に置いた。
「これは昨日までの分です……落雷の被害に各区の火事、西区の変死体。ああ……それから疫病も」
 声も僅かにではあるが掠れている。どうやら健康体ではないようだ。バッチェスは疲れたように大きなため息をついた。アルザもロシュもその顔を覗き込んだ。
「あの……バッチェスさん、ちゃんと寝てらっしゃいます?」
「まあ少しは」
「分単位で数えられる時間じゃ寝たことにならないと思うんだけど」
「……ここ最近の状況を考えてくださいよ。全くいつからこんなに危なっかしい国になったんでしょうね、何かがおかしい!私達はね、眠ってる暇なんてないんですよ。そこをよく考えて仕事に精を出してくださるとありがたい」
 私たち、とはバッチェス他、要所の役人のことだろう。アルザは嫌味が聞こえなかったふりをした。確かにここのところ、この国の治安は一変した。町では疫病が流行り、殺人や災害がひっきりなしに起こり、それ以外に不可解な変死体も多く確認されている。通りで遊ぶ子供の姿はほとんどなく、町全体がひっそりと息を殺しているかのようだった。たまたま災難が続いただけとはもはや考えにくかった。この災難は“悪魔の仕業”だという噂が広がり、悪魔狩りもますますエスカレートしていった。これはスピネ・エンデだけでなくシュバルツァガル、アウグスタでも同じような状況に陥っていた。

 不意に窓ガラスを引っ掻く音が聞こえた。三人が振り向くと、茶色の鳥が羽ばたいている。その足には何か紙のようなものが括りつけられていた。
「手紙……?窓開けて」
 ロシュが止め具をはずし窓を開けてやると鳥は勢いよく部屋の中に突っ込んできた。勢いあまって中央にあるテーブルの上に身を叩きつけるように不時着した。押しのけられたカップがガチャガチャとぶつかり合う。
「随分と間抜けな使いですね、どこのどなたからです?」
 鳥はよたよたと体を起こすとキュルル、と鳴いた。ロシュが鳥の足から紐を解くと部屋の中をぐるぐる飛び始めた。所々土と赤い染みで汚れた一枚の紙。雑な方法で括り付けられたらしい。文字は読めるがぐしゃぐしゃになってしまっている。ロシュはアルザに手紙を渡した。アルザは手紙をざっと眺めると微笑んだ。
「……姉さん?ハルヴィエからだ……『久しぶり、元気だった?』……」

『久しぶり、元気だった?読んでるのは誰かしら、アルザかロシュあたりだと嬉しいわ。
くれぐれもあのダリュの手に渡ることはないように。ここのとこ忙しくて手紙書けなかったの。
そうそう、ドラゴンの家族に会ったわ。今隣で眠ってるのがリブロック――パパよ。
ママは出かけてるの、友達のところかどこかだと思うわ。
小さいスチュアートはまだ子供ですごく可愛いのよ!
もうじき帰るわ!スチュアートも一緒にね。
――もの凄い風の吹くところから、あたしより

忘れてたわ。手紙を運んだ鳥の名前はボル。鼠が好物』


 アルザはふっと笑うと手紙を執務机の上に置いた。この赤い染みは血か?好奇心旺盛な姉のことだ、またどこか秘境の地にでも行ってきたのだろう。ついて行きたいとは思わないが、世界の色々な景色を見ている彼女がたまに羨ましくなる。
「『あたし』より……ハルヴィエらしい。じきに帰ってくるらしいよ、ドラゴン連れて」
「ドラっ……!?ちょっと、聞いてないですよ!いいですか、わが国にはシュバルツァガルと違ってドラゴンの餌になりそうな動物はいません!そうなると買い付けなければならないでしょう!!食費だけでいくらかかると……」
「仕方ないだろう、連れてくるって言ってるんだから。どうしても反対ならバッチェスが直に返事を返せばいいさ」
 ほら、と言ってアルザが紙と羽ペンをバッチェスの目の前に突き出す。バッチェスはしばらく紙を見て考えていたが、遠い目をすると「どうせ無駄でしょうが……」と呟くと踵を返して部屋を出て行った。ロシュが心配そうにバッチェスの出て行った扉を見つめている。
「えーと……ボル?」
 控えめに名前を呼ぶと、未だに天井近くを旋回していたボルが椅子の肘掛にとまった。薄い灰青の目をしている。嘴は鋭く、両の翼に黒い羽が二、三本ずつ混じっている。首を伸ばして静止している姿はなかなか凛々しいかもしれない。アルザが喉の部分を撫でてやると嬉しそうに顔を動かした。
「この賢いボル卿に褒美をやらないとな。ロシュ、鼠の肉なんて城にあるのか?」
「ね、鼠の肉……ですか。それは難しいかもしれません。普段は鼠なんて食べることはないですから」
「う〜ん……困ったな。鼠は無いんだってさ、残念だねボル。他の肉で我慢してくれるかい?」
 ボルは会話が理解できたかのように小さく鳴き、アルザはボルの額に軽く唇を落とした。
「ん、いい子だ」
「……随分気に入ったようですね」
 ロシュは散らかったカップを片付けている。
「ああ。まあ登場の仕方は減点ものだけどな。人に慣れてるし、それに綺麗だし」
 城下で昼を告げる鐘が鳴った。いつもなら皆が喜ぶ休憩の合図。誰もが手を休め昼食を取り始める時間。だが今はこのどんよりした雰囲気のなかで、その音は重く鈍く響き渡った。そろそろメイドが昼食を運んでくるだろう。
 午後からはアウグスタに出向く。三国共にいつまでもこの状態でいるわけにはいかない。これをどうにか打破すべく話し合う会議がある。着くのは朝になるだろう。スピネ・エンデ、シュバルツァガル、アウグスタの王、側近……各国を率いる者たちが集まってくる。ダリュにはハルヴィエの帰還を知らせようか。もうすぐ帰ってくるそうだ、と。その時の反応が目に見えるようでアルザは口に手を当てて笑った。あの王は彼女に随分惚れ込んでいるから、またプロポーズしにやってくるのだろう。幼なじみのユトはどうしているだろうか。ほんの一週間前に会ったばかりだが。この間話していた花屋の娘とのその後を聞かないとな。彼の事だからまた何か野暮な事をやらかしているかもしれない。話の進まない会議はうんざりだが、知人に会えることが楽しみだった。



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2006.11.23 執筆

国の治安が大変なことになってます。住みたくない!バッチェスさん寝不足。彼に休息をあげたい……!番外編とかいいな、「バッチェスの休日」(笑)そしてハルヴィエお姉ちゃんからの手紙が来ました。汚い手紙が!ペンどうしたんでしょうね。その辺の草の汁か何か?(嫌過ぎ)アルザはボルを気に入った様子。ちゅーとかしてますね!最初は嘴にさせようかと思ってたんですが……鼠とか食べてるからね。何となく嫌で額に。次の舞台はアウグスタへ。

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