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MAJESTOXIC   3・2 朝日と共に還る

夢を見た。

白い夢だった。
濃い霧がたちこめ、少し遠くになるともう何も見えない。
懐かしい人、懐かしい場所が次々に現れて。手を伸ばしてみたけれど、確かな感触は無く。
名前を呼ばれて振り向けば、そこには両親が微笑んでいた。僕がまだ小さいときに向けられていた表情。父さんは太陽のように明るく柔らかく。母さんは控えめに、だけど愛情をたくさん込めて。

そしていつのまにか僕は教会にいた。王都にある大聖堂だ。父さんが僕の前を歩いている。
その肩越し、薄暗い聖堂の奥に人が見えた。
赤い髪と目をしたその人は、戸惑ったような苦しいような、そんな顔をしていた。


 その時、地面が揺れた。微かなものだったが、アルザの意識を浮上させるには十分だった。
 目を開けると天蓋が見えた。自分のベッドだ。気だるくて動かない体に鞭打ちながら、ベッドの上にのそりと起き上がる。変な夢だったな……。大きな欠伸をして裸足のままベッドから降りた。敷かれたタイルが冷たい。ペタペタと歩いていって出窓に腰掛けた。外を見やると、東の山頂から橙色の光が差しこんでいた。どうやら夜明けらしい。  ぼーっとそれを眺めていると、アルザは再びうとうとし始めた。ロシュが慌てて部屋に入ってきた事にも気付かなかった。
「アルザ様、起きていますか?」
 ロシュが小声でそっと囁いた。アルザはうっすらと目を開けた。開けたことは開けたが、如何せん眠たい。反応の薄さにロシュが苦笑した。ロシュは何て言ったっけ、とアルザは働かない頭で返事をする。
「……なに?」
「ハルヴィエ様がお帰りになられたようです」
 ――ハルヴィエ?なんで?今はどこか違うところにいるはずじゃ……そういえば、手紙!
 『もうじき帰る』手紙でそんな事を書いていたのを思い出し、アルザは勢いよく立ち上がった。ロシュの手を借り、てきぱきと服を着替える。
「いつ頃帰ってきたの?」
「それが、ついさっきなんです。ハルヴィエ様の乗っていたドラゴンが西塔に不時着したと報告があって。塔の四階あたりに大きな穴が空いてしまっているようですね」
「不時着?ハルヴィエに怪我は」
「大丈夫です。彼女もドラゴンも傷ひとつ負っていませんから」
 部屋を出た二人は急ぎ足で西塔に向かった。

 西塔は悲惨な状況になっていた。
 体長10数メートルはあろうというドラゴンにより、煉瓦の白い壁には巨大な風穴が開けられていた。おそらく内側も無残な姿になっているのだろう。
 塔に突っ込んだ当人たちは、今は雪の積もった地面に降りている。
「ハルヴィエ!」
 アルザが駆け寄ると、ドラゴンと共に塔を見上げていた女性が振り向いた。後ろで束ねた金髪が揺れる。薄い紫の目をした美人。ハルヴィエ=ライオネル、19歳の彼女はアルザの姉でスピネ・エンデ国の王女だ。好奇心旺盛で天真爛漫な彼女には城での暮らしが窮屈に感じ、16歳のときに放浪に出た。その後は何度か城に顔を出しに戻って来ているが。
「アルザ!!久しぶり!」
 お互い飛びつくようにして抱き合った。半年振りの再会だ。朝早くから塔の片付けに駆り出されていた兵士たちも、微笑ましそうにそれを見ている。
「お久しぶりです、ハルヴィエ様」
「あら、ロシュ!あなたも相変わらずね!」
「ええ。ところで……寒くないんですか?」
 ハルヴィエはピンクのキャミソールに布飾りのついた黒いショートパンツ、愛用の黒いグローブにつま先と踵の開いたブーツという格好だった。アルザたちが長袖の服にマントとしっかり着込んでいるのに比べ、かなりの露出だ。この雪景色にはなんとも不釣合いだ。
「別に平気よ?まあちょっとは肌寒い気もするけど」

 知らせを聞いたセレ、ジュープもやってきた。ジュープはドラゴンを見て目を輝かせた。
「わあ!!ハルヴィエ様お帰りなさい!あの子と一緒に来たんですか?」
「そうよ、名前はスチュアートっていうの。可愛いでしょ!?……そうそう、城にあの子が食べられる物ある?長い時間飛んでたから、何かあげてちょうだい」
 分かりました!と嬉しそうに返事をするとジュープはドラゴンに駆け寄る。その巨体に物怖じすることなく体を撫でた。彼女はシュバルツァガル南西部にある部族の村出身で、ドラゴンは身近な存在だった。
 セレが会釈する。ハルヴィエも笑顔を返した。
「……寒くはないのですか?」
「もう、さっきロシュにも同じこと聞かれたわよ!」
 セレは少し思案すると着ていたマントをハルヴィエの肩に掛けた。
「やはり、寒いですから……」
「……セレ」
 呼ばれてセレが視線を合わせた。ハルヴィエが両手を広げる。
「お帰り、のハグがまだよね」
 沈黙が辺りを包む。ロシュは何故かいたたまれない気持ちになり、目線を泳がせた。アルザは腕を組んで楽しそうに二人を眺めている。兵士たちも作業をしてはいるがこちらを意識しているのが痛いほど分かる。ハルヴィエは腕を広げたままセレをじっと見つめて動かない。当のセレはというと、どうするべきか分からず硬直していた。
「ハ!グ!」
「いや、その……」
「隊長ー!!向こうでトビトが呼んでますよー!」
 ドラゴンと戯れていたジュープが大声でセレを呼ぶ。セレは申し訳程度に頭を下げると、そそくさと歩いていってしまった。一部始終を見ていた周りは安堵すると共に少し落胆した。ハルヴィエが腕を下ろしてため息をついた。セレが掛けてくれたマントの紐を結ぶ。
「いいじゃないの、ハグぐらい!まったくセレは分かってないんだから!!」
「そういえば。明日会議があるんだけどハルヴィエも出てね。三国のトップと魔族が集まるから」
「魔族?あら、私のいない間に仲直りでもしたの?この国の人たちも魔族のことすごく嫌ってたじゃない」
 アルザは悪魔狩りのことやレルゾの底に飛ばされたこと、オーレリーの作戦こと等それまでのいきさつを話した。フェリシティの魔力がまだ残っている、それを聞いてハルヴィエの顔が曇った。
「……参ったわね、まだ……」
 ハルヴィエは言葉を切るとアルザの肩をぽん、と叩いた。
「とりあえず中に入りましょ。そのことはかなり問題だけど、とにかく久々にお城の料理を食べたいから」
 ハルヴィエはアルザと腕を組んで城内へと入っていった。その後にロシュが続く。本当に久しぶりの我が家だ。


「トビト……どうした?」
「あ、隊長!四階もそうなんですけど、三階も壁と天井に酷い損害があって」
「…………」
「とりあえずそこは全体的に一度取り壊してしまった方が」
「…………」
「まず安全を考えて、最初にやっとかないといけな……隊長?聞いてますか?」
「……何だ?」
「何だ、ってそりゃないですよ〜!もう一回説明しますから!ええと……」
 トビトはセレの顔を見て首を傾げた。見た目には普段どおりの無愛想だが、どことなく落ち着きが無いような、考え事をしているような。心ここにあらずだ。
「隊長、何かありました?」
 そう言った瞬間、セレが眉をひそめて凝視してくるものだからトビトは咄嗟に身を引いた。
「え、な、何かあったんですか?」
「……俺は、何かあったように見えるのか?」
「はい、まあ……平時のセレ隊長ではないです」
 セレは頭を掻くと小さくため息をついた。続けてくれ、と言うとトビトが再び口を開く。セレは今度こそちゃんと耳を傾けたが、ぼんやりと、頭のどこかに霞がかったような感じがしていた。



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2007.5.16 執筆

ハルヴィエが帰郷。ドラゴンの子供・スチュアートと共に。やっと彼女を出せる!
アルザとハルヴィエは動かすのがすごく楽しいキャラでもあります。2人とも自己中心的でマイペースだから(笑)ジュープとトビトは所々で出てますね。個人的に気に入ってるキャラかもしれない。
今回はほのぼのとした雰囲気です。マント掛けてあげたりとか・・・楽しい(*´∀`)

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