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MAJESTOXIC   3・6 悩むこと

 ユトは今日何度目かのため息をついた。楽しそうに踊っている男たちが少し恨めしい。ユトは大広間の入り口付近の壁に寄りかかっていた。いいよな、ちゃんと相手がいて。俺だって……。
 もちろん特に決まった相手はなくとも、その場で会った女性を誘ってダンスの輪に加わる男だっているけれど。自分はそういうことをしたくないのだ。好きでもない人と踊ったって気まずいだけだ。現に先ほど何人か令嬢が声をかけてきたが、ユトはそれを断った。その際、焦ってどもってしまった自分が情けない。アウグスタの王子としてそれなりに社交が多いのだがいつまでも慣れない。どうにも苦手なのだ。
 ユトはたびたび王子という身分が嫌になることがあった。力もそう強くない。頭も回るほうではない。人を惹きつける特別な何かがあるわけでもない。しかしいずれ父の後を継いでアウグスタ国王になるのは自分なのだ。家臣や民は自分を慕ってくれるだろうか?自分はちゃんと国を治めることが出来るのだろうか?それを考えると不安になった。自分より一つだけ歳上のアルザが国王として立派に立ち振る舞っているのに対し、自分はなんて頼りないんだろう。アルザの自信とカリスマ性が羨ましかった。アルザは公式な場で話しかけられてもはっきりとものを言える。熱っぽい視線で見つめてくる女性たちに囲まれても普段の調子を崩さない。幼馴染として多くの時間を共に過ごしたのに彼と自分はこうも違う。

「ここにいたのか」
「あ……父さん」
 父のファビオが大広間に入ってきてユトを見つけた。
「どうした、浮かない顔だな。お前は踊らんのか?」
 ファビオの顔が少しだけ赤い。ほろ酔いしているようだ。
「相手がいないから」
「相手なら……ほれ、その辺りに若い娘さんがたくさんおるだろう?一声かければいい」
 ファビオは息子と同じ真っ赤な髪を揺らして上機嫌に笑った。瞳の色はユトと違って緑色だ。ユトは茶色の瞳をしている。
「たくさんいるったって……知らない子ばっかりだから」
「お前は奥手だなあ」
「べっ、別に……!」
 ファビオが方眉を上げてからかうのでユトはぷいっとそっぽを向いた。
「ああ、そうそう」
「何?」
「もうすぐ戦争が始まるが、お前はどうする?」
 ユトは面食らった。この場で戦争の話が出るとは思わなかったし、質問の意味がよく分からない。答えを返せないでいるとファビオがまた口を開いた。
「前線で戦うのか、後援に回るのか、ということだ。どちらでも構わん。「戦わない」という選択肢は無いがな」
「俺は、前線に出る」
「そうか。それじゃあお互い死なんように頑張るとするか」
 ユトの背中を叩いてファビオは人ごみに消えた。
 再び一人になったユトは自分が言った言葉を反芻していた。前線。前線に出る。それは剣を持って戦うということ。向かってくる敵を斬らなければ。常に生と死とが隣り合わせにある場所。16歳のユトはまだ戦場を知らない。 戦争……たくさん人が死ぬ。たくさんの血が流れる。それは分かっている。しかし、この目で見たことがない。自分が戦地に立って剣を振るうことになっても、実感が沸かない。ただ、父や兵士が戦っているとき自分だけ後ろにいるなんて嫌だった。だから「前線に出る」ととっさに答えた。それに自分は王子なのだ。戦えない王子なんて。
 ――……そんなのが王子でいいわけない。
「……戦えるさ。俺だって……」



 ハルヴィエは半月の見えるテラスで涼んでいた。この白い大理石で作られたテラスは大広間横の階段を上り、「春の間」を通り過ぎたところにある。雪は止んでいた。降り積もった雪に月光が注ぎ、城下やその奥の山々が青白く光っている。テラスには自分のほかに誰もいなかった。寒いからだ。だが火照った体にはこの冷気がちょうどよかった。
 セレは飲み物を持ってくると言って階下に降りていった。ハルヴィエはぼんやりと月を見上げた。セレはまだかしら。頭の中はまだ帰ってこない想い人のことばかりだ。
 振り返れば大広間の明かりが眩しい。ハルヴィエは手すりに寄って下を覗き込んだ。あら、アルザと……誰かしらあの子。あの赤毛は……ファビオって踊れたのね。あそこで女の人に囲まれてるのはロシュ?ロシュって確かに女受けはいいわよね。ふふ、焦ってる焦ってる……。相変わらずトビトは食べてばっかり。ジュープ、ドレスの裾がめくり上がってるわよ!気づいて!
 上から観察するのもなかなか面白い。この大人数のなか、見知った顔を見つけると嬉しくなる。ハルヴィエはしばらくあちこちと眺めていたがある一点に目を留めて顔を強張らせた。
 セレと、ダリュの護衛であるグレイ=ノエルが話している。それもずいぶん親しげに。セレの手にはグラスが二つ。私とセレのために取ってきたものだろう、ハルヴィエはそう思った。だがセレはその一つをグレイに渡した。グレイも笑顔でそれを受け取った。ハルヴィエは手すりから身を乗り出しそうになった。微笑むグレイはとても美しかった。淡い水色のドレスが上品で、所作が優雅で。青緑色をした髪が艶やかだ。自分にはない大人の魅力を感じてハルヴィエは苛立ちを隠せなかった。
「何よ……!」
 セレが大広間から出て行った。ここからではもう見えない。おそらくもう一度飲み物を取りに行ったのだろう。彼が戻ってきたとき、笑顔でグラスを受け取れる自信がない。でも「ずいぶん仲がいいのね」なんて醜い言葉は吐きたくない。
 ――別にグレイに特別な感情を持ってるわけじゃないわ。ただの知り合い。そういえば昔、二人は色々あったって聞いたし。色々……。色々って?どんなことが?
 自分に言い聞かせようとしたが、逆に気になることが増えてしまった。恋って面倒だ。だけど、逃れられるものじゃない。ハルヴィエは不機嫌な顔で頭上のシャンデリアを睨んだ。



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2007.9.18 執筆

3ページにもなってしまったパーティーも終わり。ユトとハルヴィエがそれぞれ悩んだりして。ユトはホントに平凡な男の子。城下の男の子たちとなんら変わりのないごく普通の子です。でも彼の周りが色々凄いので(笑)自分はこれでいいのかなー王子なのになーと悶々。純粋な性格なのです。ハルヴィエもハルヴィエで恋に悩む。マイペースな彼女でも恋には立ち往生というか、うん、何て言うか女の子だ(´∀`*)

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